FT China economic activities
 前回の中国の記事は様々なテーマを広く浅く取り上げたが、中でも不動産市場と地方財政についてもう少し詳細に見ていきたい。21世紀に入って以来どんなにゴーストタウンと笑われようと中国に不動産バブルは存在しなかったし、不動産バブル崩壊懸念も陰謀論の範疇を出なかった。しかし2021年に始まった民営不動産企業の迫害に加え、ゼロコロナ政策とハイテク企業の迫害が招いた不況はいよいよ不動産市場に影響を及ぼし始めている。
 WIND China New and existing house transaction
 他の多くの経済指標と同じように新築住宅販売件数(左)にもリオープンは存在せず、パンデミック中と変わらないペースにとどまっている。これはパンデミックで新築住宅の供給が限定的だったのと、習近平政権の民営不動産企業引締めで引き渡しまでにデベロッパーが倒産する懸念(カウンターパーティ・リスク)が燻るためであるが、純粋に住宅市場のセンチメントを表現する中古住宅販売件数(右)も、確かにパンデミック中よりは回復したものの、3月のリオープンらしき動きが一巡すると再び垂れ始めている。
Bloomberg Centaline shanghai property 
Lianjia Shanghai housing inventories and visitors
Shanghai existing house price monthly change
China Shanghai house invevntories
 興味深いことにこれまで慢性的に過剰在庫に悩まされた地方都市ではなく、上海が最も中古住宅の売りが激しい。リオープンに伴う価格上昇は一瞬で、1月対比で上海の中古住宅在庫が倍増している(左下)。販売件数の推移は上海(右下)も上記の18大都市平均も大して変わらないので需給は悪化した。これを「不動産こそ信頼できる蓄財手段」という神話が崩れたと表現する声もあるが、人民元現金の国内信用のなさからそれは考えづらく、単純に経済的な理由で物件を維持できなくなった人が手放しているのではないか。上海市民は沿岸部の景況感に最も敏感である。どんなに政権が「房住不炒」を標榜しても、中国において不動産価格だけが下がることはあり得ず、不動産価格が下がるのは常に最後である。解雇や事業の行き詰まり、更に大学を出た子供の失業に直面した時、多くの中産階級家庭が2軒目の住宅を手放すことを検討しても不思議はない。特に子供がかわいい上海の中産階級なら、例えば大学まで出た子供が――それでも数千倍の倍率が付く――僻地の公務員ポジションに突撃するのを止めて子供部屋で扶養しようとだろう。その時に中国不動産の賃料キャッシュフローの弱さが効いてくる。賃金収入に依存しない起業や再開発成金、汚職の成功者――唯一景気がよいグループである――はゼロコロナ等で全体主義の強権を経験して海外移住を目指している。

住宅ローンの減速

Pictet China property market data
WIND China Mortgage pre payment
Bloomberg Individual Mortgage Outstanding
 政権としてはこれまで「住宅価格が高すぎる」と手が出なかった層が新たに不動産を購入できるように後押しすることになる。住宅ローン金利は下がってきた。利下げなどを通して今後も下がるだろう。しかしそれは既存の借り手には恩恵がないため、今から2軒目を買うほどでもない既存の借り手による住宅ローン繰上げ返済は加速している。制度が整っていないのか、なぜか借り換えの話も聞かない。その結果、住宅ローン金利が引き下げられているにもかかわらず、個人の住宅ローン残高の積み上がり方が急減速している。あまりにも激しい繰上げ返済ラッシュなので、金利収入減に繋がる銀行は繰上げ返済の受付を制限し始めた。これはセンチメントが悪化した個人による主体的なバランスシート圧縮であり、放っておくと流動性が返済されるため、元の金融環境を維持するには金融緩和が必要となる。

倹約的な小幅利下げ

WIND OMO MLF LPR
 金融環境については1年LPR 10bp、5年LPR 10bpの引下げで10bp幅の利下げラッシュが着地した(左図)。1年LPRは企業向け貸出金利、5年LPRは住宅ローン貸出金利のそれぞれベンチマークである。ゼロコロナ政策中の2022年5月の利下げでは1年10bp、5年15bpの組合せで不動産市場支援のスタンスを明らかにしていたが、今回は不動産市場に特別な配慮が見られなかったことが当局の危機感の薄さを感じさせた。6月中のこれまでの銀行預金金利引下げ要請リバースレポ金利(OMO)引下げMLFの利下げはLPRの引下げに繋がってはじめて民間部門に効果が広がるため、LPR引下げが不評だと前処理の好感も消えてしまう。銀行のマージン(右図)は圧縮され続けたため、OMO, MLFを下げないとLPRは下がらない。「財政支援をケチる代わりに号令で他人にお金を出させる」行動パターンがすっかり定着した当局の代わりにコストを支払ったのは預金金利を受け取る民間部門である

 インパクトが更に小さいRRR引下げと違って、リバースレポ金利の10bp利下げはLPR 10bpの利下げに直結した。従って今回の利下げパッケージの規模は過去対比では小さくない。しかし、民間企業や消費者にアニマルスピリットが残っており規制と金融環境だけが制約だった時代の10bp利下げと、センチメントが死んだ時代の10bp利下げとではインパクトが違う。これまでの10bp幅の利下げが効いてきたように見えるのは政策転換のシグナリング効果である。何も流動性の罠という大層な用語を持ち出さなくても、普通の経済体でも100bpならともかく、10bp利下げは大して効かないのである。住宅ローン金利が今後下がるしかないことが分かっているのに遅々として下げて来ないなら、不動産購入を後ろ倒しにする消費者はむしろ増えるだろう。かと言って大々的に利下げを行うと既に明瞭になりつつある人民元の下落トレンドが更に加速しかねない。レートが国威に直結していた2015年と比べて人民元安はあまり問題視されていないようにも感じられるため、ある程度の利下げ余地は否定されないものの、100bpレベルの大幅な利下げ余地が残っているとは思われない。

翻弄される不動産企業の資金調達

FT China M2 and TSF lending
 何よりも中国経済の問題は金利が高すぎることではない。社会融資総量(TSF)も伸び悩んでいる。特に社債調達がほとんど止まっている。昨年のリオープン前後では民営不動産の資金調達支援、具体的には債券への政府保証株式調達の許可、銀行への貸出拡大要請を立て続けに打ち出した。更に2023年1月には平地から民営不動産ショックを起こした悪名高い「三道紅線」も緩和された。この時の市場参加者の見方は「不動産販売自体が戻ることが鍵」などという薬にも毒にもならないものだったが、不動産販売など政権による妨害さえなければすぐアニマルスピリットで戻るに決まっている。不動産企業の資金繰りは一時的に和らいだように見えた。

Bloomberg HSBC HY developer dollar bond default rate
 しかし、春のリオープンに伴い不動産市場に一時的に活気が戻ると習近平政権は直ちに民営不動産の梯子を外し始めた。政府保証などの流動性支援ツールは大手民営不動産が独占しており中小民営不動産の資金繰りは依然厳しいとの批判があったが、そんなことはどうでもよい。5月になると規模で全国44番目と言われるデベロッパーKWGグループのドル債がデフォルトしたKWGは過去に国営企業の中債信用増進公司(China Bond Insurance, CBI)の保証を受けて債券を発行したことがあり、これで資金繰りはもう安全と思われていた。しかし、民営不動産支援はあくまでも一時的な、プラグマティックな対症療法にすぎず、習近平政権の政治路線はあくまでも悪名高い「房住不炒」であり、恒大集団が苦境に陥った2021年から確立されていた「デベロッパーを解体しても頭金を支払った消費者の保護と工事の完成を優先する」という処理原則も撤回されたわけではない。その思想に従い地方政府はそれまでは許されていたKWGの新築住宅頭金口座へのアクセスを阻止した。それがデフォルトに繋がったとKWGは主張する。政府保証付きファンディングもなぜか使えなかった。熱さが喉元を過ぎた途端に国営企業側が保証枠の拡大を出し惜しみ始めたのだろう。習近平政権は不動産市場を本格的に救済する前に、不況を機にあえて一定数の中小デベロッパーを淘汰しようとしているとさえ噂された。HSBCは2023年のハイイールド民営不動産債について、2022年の60%ほどではないにしろ、引続き20%のデフォルト率を見積もる。

固定資産投資の減速

WIND China real estate sector weight in FAI
 政権が梯子を外すまでもなく、民営不動産企業は2023年春に一時的に販売が増えても不動産開発投資をほとんど増やしていない(左上)。不動産開発投資は固定資産投資の1/4程度を占めている(左下)ため、不動産関係は固定資産投資の足を引っ張りはじめ(右下)、その結果固定資産投資が趨勢的に下がり続けているだけでなく、民間部分に限ると前年比マイナスに転落しそうになっている(右上)。
China Furniture and interior sales
 不動産開発投資の減速はセメント、鉄鋼、電線、家具(上図)、内装(下図)に波及する。中国の家計資産の7割を住宅が占めており、住宅価格由来の逆資産効果については中古住宅の流動性低下を受けて既に疑似的なものが出始めているとの説もあるが、そうだとしても本格化はこれからである。逆資産効果を恐れる当局は取引量(流動性)を犠牲にしてでも価格統制(「悪質な」値下げ販売禁止)を打ち出すかもしれない。ここで取り上げているのはまだ不確実な住宅価格下落ではなく、既に確実になった不動産開発投資の減少そのもののインパクトである。

ランドセールの急減速

Bloomberg China government Revenue and Spending
Zhongtai sec China logal government landsale revenue
Caixin China income from lad sales
 前回の記事でも浅く触れたように中国の地方財政は不動産企業への土地売却収入(Land Sales Revenue)に依存している。伝統的に中国政府は諸外国対比でも税収が少なく、歳出も小さい「フローベースでは小さな政府」であることを知られているが、代わりに依存してきたのが国家がかつて地主から収奪して国有化した土地の売却収入である。しかし、習近平政権が民営不動産企業を迫害し始めた2021年から見事にランドセール収入は激減した。ランドセール収入は長期的には住宅価格と連動するだろうが、一義的には不動産開発投資に連動する。つまり住宅価格が高止まりしても不動産開発投資が止まれば土地は売れないし、住宅価格がクラッシュしたら更に売れない。地方債の発行総額は厳しく制限されており、中央政府は先進国より遥かに吝嗇であり地方交付税が増えそうにない。となると収入の激減を補えるのは「プロジェクトベースで採算が取れる」建前の専項債と、傘下の公的企業(LGFV)に代わりに債券を発行させるLGFV債があり、それでも足りなければ有形無形の増税、公共サービス削減が待っている。
Bloomberg LGFV in Land Sales
SPGlobal LGFV in Land Sales
 民営不動産企業の破綻が土地オークションで開けた穴を、LGFVが不動産開発に手を出して埋めようとした時期もあったが、彼らが恒大をはじめとする民間不動産企業の代わりになれるはずがなかった。LGFVの信用の根源は地方政府の信用であり、地方政府の財政はランドセールに支えられているのだから、ランドセールでLGFVが土地を買い支えるのはポンツィ・スキームである。
Guangfa Sec LGFV share on Local Gov Landsales
 もっともそれが大々的に話題になる前から地方政府自身がアホらしくなったようであり、2023年に入るとLGFVのランドセールにおける落札シェアは再び低下した。結局債務が増えるだけだからである。
Bloomberg China Debt to GDP ratio 
FT Debt as a percent of GDP
LGFV interest expense and borrowing costs
 そんな中で中国政府はLGFV債務をはじめとする地方政府の「隠れ債務」の調査を始め運用会社によるLGFV投資商品の組成を取り締まり始めた。中国の場合、吝嗇な中央政府の公的債務があまりにも少なく、代わりに企業(ただしLGFVは企業にカウントされている)と家計が債務を背負っている構図なので、公的債務も総債務もGDP比では先進国対比でまだ少ない
Bruegel China gov debt outstanding
 「隠れ公的債務」の総額は10兆ドルとも言われているが、それでもGDP対比で60%程度であり、政府の50%を足すとようやくGDP比で100%を超える程度である。中国地方政府の隠れ公的債務を全て政府債務にカウントしてもまだ米国の120%や日本の220%と比べて健全である。しかし問題は習近平政権自身がこの隠れ債務を大きすぎて危険なものであると認識していることである。この流れの中で財政拡張的な経済対策が出てくるとはとても思えない。むしろ何もしなければ自然体では地方政府発の財政引締め圧力がかかり始めると見るべきではないか。

不動産市場支援のツールキット

 脊椎で財政刺激を唱えるエコノミストでも「房住不炒」への国民的人気が根強いことを認めない人は少ない。日本がかつてそうだったように、デフレ不況を経験したことがない国民は常にバブル潰しを求めるのである。ここまで不動産バブルへの敵意が根強いとなると、規制緩和以上の不動産市場支援策がそう簡単に打ち出されそうにない。住宅不況と地方債務危機の原因を習近平政権の民営企業迫害と外交の行き詰まりに求めることは許されないので「胡錦濤政権の大洪水のような金融緩和や財政出動の後遺症」という整理になるに決まっているが、ではその後遺症を再び「大洪水のような金融緩和や財政出動」で解決しようとするだろうか?まだ米国がリセッションに陥った時の方が「米国がリセッションに陥ったせいで」と言い訳しやすい。恐らく米国のリセッション入りを世界で最も待望しているのは習近平政権だろう

 一応、その時のツールキットには住宅ローン金利引下げに加え、2軒目の購入者に対する頭金要求などの規制緩和、2017年の不動産バブルに繋がったPSLや専項債でファンディングされた棚改の再加速、公営住宅の建設加速が入っている。規制緩和の賛成派は「改善性需要(合理的な住み替え需要)」という名前で住宅購入支援と「房住不炒」の整合を図ろうと涙ぐましい努力をしている。当局が伝家の宝刀と見なす購入規制緩和の威力への信仰は中国に限らず、チョンセ問題が火を噴いている韓国などにも見られている。しかし、戸籍がなくても5年間住んで社会保障費を払っていれば誰でも住宅を買える深圳の不動産価格も突出して堅調というわけではないことから、蓋を開けてみたら思ったほどでもない可能性もある。いずれにしろ、規制緩和はタダでできるので住宅市場が弱い地方都市から順に打ち出していくのは間違いない。ここで喚起した需要が住宅市場を支えられればそれでよし、支えられなければ厳しい局面に差し掛かる。
Bloomberg China special bond interest coverage
 圧倒的な火力を誇るのはチャイナショックを吹き飛ばした棚改であるが、財政負担が強いため拒否感が強いだろう。財政緊縮路線=財政赤字目標は動きそうにないので、財政赤字の枠外となる専項債の増発は毎年のように期待されてきた。2022年はさすがにゼロコロナを支えるために予定以上に発行したが、今年は増発を正当化できるような特殊イベントが存在しない。ただでさえ債務問題に悩まされている地方政府自身もやる気がなくなっているとも言われている。専項債は後で回収できるからという建前で一般財政赤字に算入されないが、一般的に財政プロジェクトからの収入は簿外負債の利払いを全くカバーできない。棚改だけは地価上昇を通して将来のランドセール収入増で回収できるが、それ以外の財政出動では地方政府の債務が重くなるだけであり、行き詰まった時には地方政府の首長が責任を取らされるに決まっている。PSLだけは最初から財政ファイナンスされたばら撒きなので遥かに強力であり、この文字が出てきたらここまでの話は全て仕切り直しになる

 多くのエコノミストの予想を裏切る形で経済対策が遅々として出て来ないのは、今年のGDP成長目標がゼロコロナの昨年対比で5%と低く、更に輸出が予想外に堅調であり喫緊性がないためである。つまり成長目標の中でもリオープンは存在しなかったため、実際リオープン効果が見られないのは当然である。しかしゼロコロナ対比でも5%成長に着地するようでは、リオープン効果がなくなった来年以降の成長率は2~3%に落ち込むのではないか。その時になって改めて米国リセッションのせいにでもしながら経済対策を打ち出すのだろうか。長期的に見ても明らかにGDP成長目標に対する実績のボラティリティの容認幅は過去よりも大きくなっている。これは以前のように毎年農村から出てくる労働力を吸収する必要がもはやなくなったこと(ホワイトカラーになりたい高学歴の過剰はあくまでもミスマッチの範疇)、また政権の経済成長へのこだわりの後退が背景である。デフレーションの恐ろしさと後からの対処のしづらさというのは一度体験してみないとなかなか想像できないのである。中国当局は日本のバブル崩壊の経験を研究し尽くしたとされているが、似たような場面がやってきた時の対応を見るととてもそうは思えないし、実際日本のバブル崩壊にはあまり教訓や代案がない。或いは「対米依存が悪い」などと明後日の方向の結論を出していたのかもしれない。

 というわけで今の中国経済のレールの先に見えるのは拡張的でない財政と倹約的な金融緩和、デフレーションの組合せとなる。ただでさえ米中金利差が開いている中でセンチメントが悪く中国国内での設備投資需要も大してないとなれば、たとえ貿易黒字が続いても中国の輸出企業がそれを人民元に還流する動きは鈍いだろう。そこにテールリスクとしての不動産市場クラッシュと地方財政危機が乗っかる。人民元が再び7.0を割り込むのは今サイクルでは困難と思われ、米国のリセッション入りまであえて人民元建て資産に手を出す必要はなさそうに見える。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。