Bloomberg 3m1y spread
FRED US curve invert
 S&P 500はボトムから20%上昇してブル・マーケット入りしたが、過去の多くのラリーがそうであったように幅広く納得はされていない。特に何かにつけて「債券投資家と株式投資家の温度差」が取り上げられてきた。曰く、米国債のイールドカーブがインバート(長短金利逆転)しているのは債券投資家がリセッション(景気後退)を織り込んでいるから、というのである。本来この話題は本ブログで何度も取り上げてきた陳腐なものであり、金利カーブのインバートを見て「リセッションが来るから」と直近の株高に乗り遅れることなど投資家としてはあってはならないことであるが、思ったより至るところでこの論理が生存し使われているようなので、過去の記事からコピペしながらもう一度念押ししてみたいと思う。そんな理論に毒されているようでは、最初から金利とは何ぞやなど一切何も知らない方がマシだったというものである。
NY Fed recession probability
DB recession probability
GS US recession probabilities
 確かに昔からイールドカーブがインバートすると毎回リセッションが続いた。従ってNY連銀のように米金利カーブからリセッション確率を回帰すると70%になるし、DBなどは100%近くと見積もる。GSはエコノミストの中でもコンセンサスより低く25%としているが名指しで批判されている。金利カーブがインバートしているからだ。リセッションになれば企業収益も歴史的に十何%も下がったことが多かったため、債券投資家の見方が正しければ株式は高すぎるという評価になる。

債券投資家は景気後退が来るとあまり思っていない

FRED credit spreads IG and HY
 金利カーブのインバートがリセッションを預言できるのは、債券投資家が近い将来に政策金利が引き下げられると信じているためであるが、最も利下げを確信できるきっかけが「リセッションの確信」だったからである。現に冷戦終了以降、クラッシュするまで積極的に利上げを進めてきたFedよりも債券投資家の景気予想の方が精度が高かったと言える。しかし本当に今回も債券投資家はリセッションを確信しているのか。同じ債券投資家が投資している社債のスプレッドを見ると、過去のリセッションに陥ったITバブル崩壊、グローバル金融危機、そしてパンデミック・クライシス(赤)対比では遥かにタイトである。「リセッションにならなかった」2011年の欧州金融危機、2015~2016年のチャイナショック~シェールガス企業大量倒産懸念にも届かない。一方で2018年の貿易戦争~アップルショックよりは少し懸念が深い、という整理になっている。本当に株式投資家が考えているように債券投資家がリセッションがやってくると考えているとすれば、デフォルトリスクのある社債も買えないはずではないか。

あくまでも物価正常化への確信

FRED Longer run vs RRP award
FRED BEI
 じわじわと金利カーブのインバートが進んだのは、長期金利が概ね安定している中、短期金利が利上げが進むに伴い短期金利が上昇したためである。長期金利が利上げにあまり動じず、ここまで金利カーブがインバートしているのは、直近の政策金利が明らかに異常値であり、また物価上昇も一過性(transitory)であるため、リセッションがあろうとなかろうと(2023年中にしろ2024年以降にしろ)再利下げに転ずるのが確実だからである。換言すればこれほどまでに将来、それもごく近い将来の物価指数が自然体で低下する確信を持てる場面は過去に存在しなかったのである。ロシアによるウクライナ侵略を受けて一時原油価格は上昇したものの、それが反落した瞬間から、債券投資家は10年スパンでのCPI上昇率は年率2%近辺に戻ると再び確信し続けた。FOMCメンバーがインフレ退治を終えた後の自然体の政策金利であるロンガーラン金利と考えているのは依然2.5%近辺で変わっていない。ロンガーラン金利の下からゼロ金利に向かう織込みならリセッションを前提にしている可能性が高いが、今の5%の政策金利はかなり高く、その水準から2.5%のロンガーラン金利に向かって回帰する時、必ずしもリセッションを必要としないのである。

Fedのこれまでの事故歴

BofA Fed hiking cycles end with deleveraging events
 逆に金利カーブがインバートしないためには10年金利が5%以上でなければならず、それは5%以上の政策金利が10年以上続くことを織り込んでいることになる。それがあり得そうに見えない以上、金利カーブがインバートしない方が難しいのである。リセッションの必然性を説くには「リセッションとインバートは関係ないが、5%を超える政策金利は必ずリセッションに繋がる」とでも言い換えた方がまだ幾分か説得力を持つ。或いは「リセッションとインバートは関係ないが、Fedはこれまでの大半の利上げサイクルで利上げをやりすぎてリセッションを起こしてきた」でもよい。
FRED 10y Real Interest Rate and Term Premium
 そうは言ってもこれまであまりにも精度が高かったではないか、という声は上がるだろう。しかし2019年の金利インバートと2020年のリセッションは明らかに無関係であり、偶然である。債券投資家が翌年未曾有のウィルスで世界中がリセッションに陥ると予想して長期債を買っていたとすればあまりにもホラーではないか。GFC以降、リセッション抜きで何度も大幅な金利低下と株式の大幅なクラッシュの組合せがあったが、金利市場はリセッションだけは預言して来なかったのである。GFC後と前で何が変わったかというと、相次ぐQEでFedが慢性的に巨大なBSを抱えるようになったので長期金利は低く抑えられてきた。まとめると、潤沢準備レジーム(Ample reserve regime)下で金利のインバートがリセッションをそれらしく預言したことはただ一度もないのである。

スタグフレーションだけはなくなった

Bloomberg Global Supply Chain Pressure Index
ECAN US PPI
 NY Fedのグローバル・サプライチェーン圧迫指数を見ても一目瞭然であるように、パンデミック中の供給制約は既に完全に解消されている。従って消費財の価格高騰が一時的であったことは確定しており、残る問題はサービス部門の景気が「良すぎる」ことである。問題が需要側にある以上、景気維持と物価減速は既に二律背反ではなくなっており(つまりスタグフレーションに陥る可能性だけはなくなっており)、どこかで「良すぎない」水準を見出すことができる。もちろんFedがその水準を見誤って交通事故を起こす可能性はそれなりに高い。しかしそれはあくまでも確率の問題であり、金利のインバートは事故の必然性をそこまで強く説いているわけではない。債券投資家が考えるリセッション確率は先ほどのUSIGスプレッドが示唆する程度のものである。定義次第ではあるが半々というところだろうか。もし10年金利がここから3%を下回ってロンガーラン金利の2.5%に近付いた場合はリセッション懸念を織り込んだと言えるだろう。3%を割っていないということは大して懸念していない。言い換えると政策金利が5%ある今、差し迫ったリセッションを信じるなら3M-10yは−200bpを超えていないといけない。現に今年のここまでは中小銀行危機などでリセッション懸念が盛り上がるたびに10年金利が3%台前半に低下し、懸念が剥落すると3%台後半に上昇してきた。このレンジ内では債券は株式のリセッションヘッジとして機能したし、金利上昇はリセッション懸念の剥落に伴うヘッジ外しと解釈される。

引締めピーク期の苦悩

 とはいえ、長期の固定利付債や長期の固定金利住宅ローンで資金調達できる主体の存在を考えると、あまりにも長短金利がインバートした状態が続くと金融引締めの効果が減殺されてしまう。というより、2021年の大低金利時代で彼らが既に固定金利で調達を済ませていたため、そもそも彼らに対して今も利上げが効いていない。借り手よりも貸し手に先に効いたのは失敗であったFedの利上げサイクルは誰の目から見てもピークに近付いている。完全にピークに達すると、あとはいつ利下げに転ずるだけなので金利カーブのインバートがいよいよ完璧に正当化され、長期債バブルが再開する可能性がある。金融引締めを長く続けるには再び事故を起こさないように利上げペースを落とす必要があり、その過程で理由もなく一時休止(pause)の会合を挟むのは自然であるし、一方で会合では「今回で終わり」と思われることをFedは極力避けようとするだろう。そうは言ってもインフレはそれなりに長引きそうではあるので、本当はロンガーラン金利を持ち上げるのが最も現実に即した整理になるが、それでは長期間にわたってFedが2%の物価目標を達成できないことを暗に認めてしまう(2%弱のインフレに0.7%程度の自然利子率を足してロンガーランはできている)ことになるためポリコレとしては宜しくない。本ブログもかつてこれを重視しすぎる間違いを犯したことがある。

 もちろんこの記事はリセッションにならないと決め付けるものではない。不確実性は依然相当残っている。しかしこと株式投資に関しては勝負は既に決まった後なのである。米国景気のリセッション判定は簡易法では2期連続の実質GDPマイナス化だが、正式には全米経済研究所(NBER)が様々なファクターを元に今後総合的に判断する。特に雇用が堅調である間は実質成長が弱くても判定されづらいだろうが、いずれにしろリセッションの有無は金利カーブで占うのではなく、あくまでも実際の経済指標によって予想されるべきである
Game of Trades Earnings Recession
 株式市場のEPSリセッションはマージン崩壊の有無に左右される。今の局面では供給制約の緩和や中国からのデフレ輸出によって企業の仕入れコストは急速に低下しつつあるが、消費者側の需要が「しつこい」ので企業は必ずしも素早く値下げをする必要がない。いつか需要が減り始めた時に改めて値下げで対応すればよいが、需要の崩壊が供給要因を更に追い越すほど急速なものになるかどうかが問われることになるだろう。
Bloomberg T Bill and 10y yield
 3M Bill利回りがS&P 500の益利回りを上回ったから株式から資金が吸い取られるとの観測もあったが、実際に実行した投資家は失敗した思いだろう。債券投資家でさえ、Billの利回りはずっとは続かないのだか利回りが遥かに低い長期債を選好する。いわんや株式をやである。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。