
中国のパンデミック後の雇用情勢について既に一度ふんわりとは触れたが、ちょうど定量的に試算する論文がSNSで出回ったので取り上げてみたいと思う。著者は「王明遠」氏であり、北京改革発展研究会の研究員である。つまりアカデミックな人間であり、この論文には政治的な意図はない。前回のパンデミック直後には中泰証券のレポートを引用しており、あの時は7,000万人の失業者がいると結論付けていたが、あれからリオープンを経て何か変わったのだろうか。緑色は引用である。
歴史的に穴だらけの失業統計
歴史的に「政府工作報告」ではオフィシャル失業率に都市部登記失業率を用いていたが、2018年以降はこれを調査失業率に置き換えた。登記失業率があまりにも使えないので調査失業率へのシフトは大きな進歩であったが、調査失業率にも欠点がある。例えば2023年4月の全国都市部調査失業率は5.1%でしかなく、パンデミック前の2019年と比較しても0.1%低い。これはパンデミックの3年間を経て雇用が大きく悪化したとの人々の体感とは明らかに異なる。これはなぜなのか。パンデミック中の記事で一度これら二つの指標を取り上げたことがある。「中国の公式失業率には都市部登記失業率と都市部調査失業率の二つがある。前者は公的機関に届け出た人数の統計であり、後者はサンプリング調査である。ものすごく無理にこじつけをすれば前者が米国の新規失業保険申請件数、後者が失業率に近いが、どちらも経済の他の指標との相関は低く、ギャグに近い数字として扱われることが多い」としていたが、前回の記事が参考にしたレポートでは使えない数字が出てくる仕組みまでは触れなかった。
まず中国は「就業」の基準をあまりにも低く設定している。国際労働機関(ILO)は週10時間以上働いて初めて「就業」と見なしており、米国では15時間以上、フランスは20時間以上と定義しているが、中国では週1時間でも働いていれば就業していると見なしている。中国の最低時給は21元(およそ400円)なので週1時間労働では1日あたり3元しか使えず、明らかに生活コストを賄えないため有効な就業と見なせない。これは米国で最低賃金で最低労働時間だけ働けば食費を賄えるのと大違いである。
次に、都市部失業調査は初めて農村戸籍の労働者を統計に入れたものの、俗に農民工と呼ばれるこれらの出稼ぎ労働者は一旦失業率すると都市の高い生活コストを賄えず帰郷を選んでしまうため、失業調査は「失業した農民工」にリーチするのが困難であり、従って農民工の失業は失業率の数字に反映されづらい。中国の農民工の総数は2022年時点で1.72億人存在し、およそ1,200万人が失業によって帰省を選んだと推定されているが、この部分は失業統計の盲点に落ちている。
更に「柔軟な就業」の存在がある。中国で「柔軟な就業」に従事する人員は2億人に達しており、これは都市就業人口の4割を占める。彼らの雇用情勢をどうやって正しく統計に反映するかが課題である。これらの就業人口において社会保険加入率は2割を割っており(広東省では2,000万人中320万人が加入、北京市では400万人中65万人が加入)、失業保険受給や失業登録によって彼らの実情を観測するのは難しい。以上の3点から、当局の統計データだけを頼りに現実の失業問題を語ることはできず、本物の失業率を他のデータから推測しないと社会の苦しみと若者の困惑を理解することができない。
1点目についてはかなり怪しく、ILOのガイドラインから根拠を見つけられなかった。現実には日本でも1週間で1時間以上働いていれば就業者に数えられる。米国も少しでも働いてれば就業者に数えられる。失業者に数えられづらいのは事実だが理由は他にあるのではないか。ただいずれにしても、5%台の調査失業率を引用して景気を語る記事を見たら即座に破いてゴミ箱に捨てるべきであることだけは間違いない。2点目は前回の記事でも取り上げている古い課題である。3点目の「フレキシブルな雇用」とも訳される「柔軟な雇用」はいわゆる非正規雇用(パートタイマー)に加えて零細自営、家政婦まで包含しており、不安定な労働に付けられたこの妙にポジティブなネーミングはインターネットで叩かれがちであった。重要なのは2点目と3点目であり、儲からないブログを書いているだけの無職、ショートムービーで一攫千金を狙って街中でスマホに向かってブツブツ言っているだけの無職も「柔軟な就業」に従事していると数えられる。

一方、国家統計局が公表した16~24歳の失業率(先月20.4%)を若者全体の失業率のように取り扱うのも正しくない。数字としては中国の16~24歳で労働市場に参加する人口は全部で約3,220万人であり、そのうち失業者は約656万人である。この年齢層は――特に16~20歳は――やや特殊であり、進学を選ばなかった人達の労働参加率も歴史的に高くなく、この層の失業率の変化は実は近年あまり大きくない。2018年対比でも失業者が100万人ほど増えたにすぎない。
若年層(16~0歳)の実際の失業人口の推定・新卒

2013年より前は中国経済は高度成長が続いており、新規労働需要は2007年の1,200万人から2013年の1,300万人に増えた。この間大卒は毎年500万人から700万人に増えただけであり、不足分は500万人前後の中卒、高卒に加えて農村部からも労働力を吸収してきた。新規労働需要は2019年に1,350万人でピークアウトし、パンデミックで1,200万人に落ち込んだまま浮上しない。一方その間、大卒の数は激増し2023年には1,150万人に達しており、中卒、高卒と合わせると1,600万人に達する。とはいえ2021年までは景気が悪くなかったので新卒のタイミングであぶれた人でも時間をかけて何とかなっている可能性が高いが、2022~2023年の2年分の新卒のうち1,000万人弱は就職できず余っていると思われる。
この議論は分かりやすい(職が増えない中で高学歴化したので高学歴が余る)ものの、やや雑な仮定を置いている。再就職する労働者数と定年などで退職する労働者の数も労働需給に関わって来るが、これらは毎年似たような数字なので省略でき、新規労働需要と新卒者数だけを比べればよいということになっている。

2010年代は景気がよかったので大卒の間では民間就職が人気であったが、2020年代になって大学院進学(上)、国家公務員(左下)、教職(右下)の応募者が爆増している。募集人数は大して増えないので当然それらの選抜は熾烈な競争になった。パンデミック後に増えたこれらの応募者だけで数百万人に上っており、やはり百万単位の民間就職のポストが足りなくなったことを示唆している。
こうしてみるとパンデミック(ゼロコロナ政策)の前から早かれ遅かれ高学歴の過剰化が発生していたと思われ、そういう意味で習近平政権に見られたアンチ高学歴化の政策も方向性としてあながち間違いではなかったように見える。しかしそのトレンドを上回る形で更に2019年以降に累計で数百万人分の労働需要が失われたままになっているのは、雇用の引き締まりが悩みの種になっているほとんどの先進国とは大きく異なる。更にアンチ高学歴化運動そのものによってオンライン・チューターの職が数百万失われており、若年層の雇用はスパイラル状に悪化したのである。完全に人為的にである。
若年層(16~40歳)の実際の失業人口の推定・社会人

新卒の就職難に加えて会社員のリストラも目立ちつつある。会社員の失業についてはいくつかのヒントから推測することになる。まず上場企業。A株上場企業が毎年公表する自社の社員数は平均でパンデミック前から11.9%縮小した。A株は大企業の全体像を表していると考えてよいだろう。パンデミック前のA株平均社員数は1社あたり6500~6600人の間で推移していたが、2022年には5775人まで低下した。不動産セクターの中で20%以上の人員削減を行なったのは57社中28社に達する。これとは別に最も有名なテック企業は香港や米国で上場しているが、BATの人員削減率は9%前後であり、パンデミックと政策(!)の影響が顕著な旅行、不動産、教育はもっと高い。非上場企業の体力は往々にして上場企業より弱いため、非上場企業の人員削減はこれより厳しいことはあっても緩いことはない。

次に中小企業の廃業率。国家市場監管総局の公表によると2018年に解散登記を行った企業は181万社だったが2021年には349万社にほぼ倍増している。2022年のデータはまだ発表されていないが、例えば上海市では約276万社中で28万社(10%)、広州市では15万社(8%)などの各地のデータから推測することができる。中でも経営環境の悪化に弱い中小企業の廃業は昨年上海市で21.5万社(総数の19.9% vs 2018年の5.1万社)、広州市で9.4万社(総数の13% vs 2018年の2.8万社)とだいたい2018年の2~3倍となっている。全国の中小企業廃業率はおよそ10%前後と推測され、同じ分だけ雇用も失われたと推測される。Zhaopin.comやKanzhun Limited(Nasdaq: BZ)などの求人サイトを見ても、BZのアクティブユーザー数は2022年1Qに410万社、年末には360万社と12%減っているため、こちらからも10%以上の企業が求人をやめていることが分かる。
総失業者数の推定
以上の議論からパンデミック後の3年間で就職できなかった中高大卒の新卒はおよそ1,500万人と推定され、更に会社員の10%が失業したと思われる。中国の都市部の就業人口は約4.7億人であり、うち社会保険料を支払っているフルタイムは3.5億人(残りは「柔軟な雇用形態」)であり、うち7割が16~40歳と仮定すれば10%の失業は全国で2,500万人と推定される。更に北京大学の研究によるとこの3年間で少なくとも2,300万人程度の農民工が失業によって帰郷した。うち16~40歳が6割を占めると仮定すれば1,400万人となる。全部合わせると16~40歳の失業者はパンデミック後に5,400万人増えたことになる。正確にはこれは一度リストラに遭った人々の総数にすぎず、一部の失業者は時間が経つにつれて再び仕事を見つけた可能性もあるし、「柔軟な就業」にシフトして再就職した人もいるだろう(本ブログには減った椅子の総数に見えたので、ほぼ全員が「柔軟な就業」に堕ちたと考えるべきではないか?)。例えば3年間でDIDIのアクティブ・ドライバーは約1,200万人増えた。配達員は約800万人増えた。しかしそれでも2,500~3,000万人の人々は今も失業している計算になる。これは16~40歳の総労働力(4.02億人)の6.2~7.5%、或いは全年齢層の総労働力(8.8億人)の2.8~3.4%に当たる。特に若い人ほど新興のインターネット、教育、不動産、金融などの業界を選好する中で、これらの業界が最も悪影響を受けているため、上の推計は誇張ということはないはずだ。
将来の雇用問題は更に厳しいものに
若年層の失業問題は一時的、つまり何年か経てば自然に解決される類の問題なのかというと、むしろ更に厳しくなると見るべきである。理由は以下の三つである。まず新卒やそれに近い層は21世紀になって産まれた世代であり、ほとんど例外なく都市部での就職を選好し、農村部のために働きたい人は極々少数である。従って雇用の圧力は完全に都市部に集中し、農村の雇用バッファとしての機能はほとんど発揮できなくなる。雇用難をやり過ごすために既に高学歴化が進んでいる。これは雇用難を先送りしている形になるが、それだけ将来の労働需給が崩れやすくなる。2025年には中高大卒の新卒総数は更に300万人(中高卒51万人、大卒223万人、修士33万人)増えて1,900万人にのぼると思われる。しかしその時の新規労働需要は楽観的に見ても1,350万人程度と思われ、少なくとも550万人の供給過剰になる。
最後に中国の経済成長は年を追うごとに逓減するため新たな雇用を産み出すのが更に難しくなる。2008~2018年の7%成長時代は毎年1,300万の職を産み出したが、今後4~5%成長時代が定常化すると、過去よりも多い職を産み出せるとはとても思えない。
従って今後の数年は改革・開放以来最も雇用情勢が厳しい時間帯になる。過去3年間で蓄積された(高学歴化に逃げた人々を含む)失業プールを消化しないといけない一方で需要は明らかに減っている。この問題を解決せず毎年500万人のペースで失業者を積み上げていけば2028年までに若年失業者の総数は5,000万人に達する可能性がある。その時には全国平均で4,5個の家庭につき1人の失業者がいることになるので失業は普遍的な社会問題に発展し、更に深層な危機を誘発する可能性が高い。一方、この数年を乗り切れば2030年代には1970年代生まれのベビーブーマー(一人っ子政策が始まる直前の世代)の大量退職が控えているため雇用難は明確に改善するだろう。
21世紀にもなって「雇用バッファとしての農村」などという恐ろしい議論をしているのは中国ならではである。これは中華人民共和国の成立以降、歴史的に都市部の失業問題が顕在化するたびに都市部の若者を農村に疎開させ、農村のインフラで自活(上山下郷)させてきた背景に由来するが、さすがに若者を動員できるカリスマ指導者が居なくなった1980年代以降に上山下郷が真面目に検討されたことはない。自身も農村部に「下放」された経験を持つ政権首脳部は隙あらば上山下郷を復活させてみたいとは思っている可能性が高いものの、さすがに反発に耐える器は持っていないだろう。「更に深層な危機」とは明らかに反政府運動を指す。そもそも中国の農業GDPは1兆ドル程度にすぎず、ファーウェイの営業収益の10倍と同じ程度なので数百万人の失業者を養うことはできない。

この論文では「労働需要と中高大卒の比較」に始終しているが、若者の総数が増えたわけではないので、高学歴化の裏にあるのは従来の若い農民工の減少である。政権から見れば、歴史的に恐れてきた農民工の大規模な失業(2008年の財政出動も「集団的労働争議」が急増する中で行われた)と比べれば、大人しい大学生の大規模な失業など恐れるに足りない問題である。これまで高度成長を支えてきた農民工は高齢化しつつあり、2030年以降には労働力不足が控えている。という中で「一時的に大卒にふさわしいホワイトカラーの職が少ない」など甘えにしか見えないだろう。従って論文の危機感を中国政府が共有しているとは思われない。高齢化しつつある農民工は一生かけて重労働に従事し、倹約の末に子供を運良く大学に入れることができたとして、まさか大学に入れたことまでが無駄になったとは予想できなかっただろう。
論文ではこの後かなりの紙面を使って雇用問題の「対策」を論じているが、習近平政権に採用される可能性が薄い対策を読むのは時間の無駄である。経済成長によって職を作り出すのが難しくなっているのは産業構造が脱・労働集約型しているためでもあり、農民工の供給も減りつつある現状とマッチしないわけではない。しかし同時にサービス業などが新たに雇用を作らないといけない。2010年代のサービス業、特にテック業界の勃興は転換期の雇用問題を既に解決しかけた。それをわざわざ引締めで破壊し、更に若者の雇用のバッファになってきたオンライン・チューター職まで丁寧に潰したわけで、その上で改めて他人が一から新しい対策を考える義理がなぜあるのか。政権を動かせるのは結局のところ強い圧力と緊張感しかない。あれほど自画自賛を繰り返してきた、永遠に続くとさえ思われたゼロコロナ政策も「白紙運動」が勃発するといとも簡単に、恥も外聞もなく放棄された。千万人単位の高学歴の将来の雇用情勢は彼ら自身がどれほど不満を形にできるかにかかっている。

農村送りはともかく、公共料金など生活コストが低い中国では「柔軟な就業」は必ずしも最悪の選択肢ではない。住宅が両親の持ち家なら尚更である。フードデリバリーなどのテック企業は政権の迫害にもめげずに千万単位の新たな「柔軟な雇用」のプールを作り出した。しかし、このプールも永遠に新しい失業者を受け入れ続けられるわけではない。図のオレンジがハイヤーの利用件数であり、2020年12月の8.1億件から2023年5月の7.4億件に減少している。一方で青のドライバー数はほぼ倍増した。大半のライダー・ドライバーが開店休業状態に陥ったら改めてハードランディング感が強まるだろう。パンデミック中の倹約で貯まった余剰貯蓄は最後の砦であり、これをただでさえ雇用が過熱している先進国の余剰貯蓄と同じ感覚で「リベンジ消費」や投資で当てにすべきではない。移転所得があった先進国のパンデミック時代の消費感覚の残像が散財だとすれば、移転所得がほとんどなかった中国のパンデミック時代の記憶はあくまでも不安、抑圧と倹約なのである。
全世界の失業者は2022年1.92億人、2023年1.91億人とパンデミック前の水準まで回帰しつつあるが、その中で中国だけは全世界の失業者総数の15%程度をパンデミック後に新たに増やしたことになる。先進国全体で雇用逼迫が続き労働者の奪い合いになっている横で、同じ分だけ失業を中国が抱えている。中国がリオープンとやらでインフレを輸出することだけはあり得なくなった。中国の賃金は少なくとも米ドル建てでは長い停滞に入ると思われ、中国発の輸入物価は前年比どころか水準でもパンデミック前まで戻る可能性がある。実際、大半の国々でPPIの順調な低下が明らかになりつつある。しかし習近平政権の外交政策のおかげでデリスキングの流れが続く中でデフレ輸出の恩恵を受けられる国々と受けない選択をする国々に分かれる。グローバルで失業者の偏在と物価水準の乖離が修正されずに長続きすることも考えられるし、このミスアロケーションそのものもインフレ―ショナリーとも思える。いずれにしろ、グローバルの総需要を一部抑圧してくれる以外で中国発のグッドニュースはありそうにない。
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