

先進国ではハードランディングかソフトランディングかでいまだに論争が続くが、中国の経済指標は引続き垂直落下ランディングが続いている。海外の資産価格や経済指標との連動がよいとされてきた社会融資総額(TSF)は7月に著しく萎縮しており、全面的な信用収縮の様相を呈しつつある。もちろん季節性も入っているが、特に個人向けの中長期ローン(住宅ローン)の落ち込みが目立っている。


個人は住宅ローンを借って住宅を買わないだけでなく、以前の記事で取り上げてきた「過剰貯蓄→住宅ローン繰上げ返済」の流れもまだ続いているため、住宅ローン残高はついに減少し始めた。繰上げ償還率(下図)はピークアウトしたようにも見えるが依然高水準が続く。これが米国なら自分の住宅ローンが高金利のまま取り残されたように見えたらリファイナンスすればよいのだが、中国には住宅ローンのリファイナンス制度がない。代わりに銀行に既存住宅ローン金利の引下げを要求する声も上がっているが、実行されれば消費者にとって有利になる代わりに銀行の収益性を圧迫する。されなければ量的引締めが続く。

実際、企業預金のプロキシであり、住宅購入の資金振込みに大きく影響されるM1の伸び率は減速しつつある。
顕微鏡でしか見えなかった官製バブル
ここまでは過去の記事で描いてきた通りである。退屈なまでに分かりやすいようだが、中国株や人民元はここまで一直線に下がってきたわけではない。7/24に開かれた党中央政治局会議では様々な景気対策が議論された。会議は習近平主催であり、国務院主導のように空回りする恐れがない。しかし景気対策の限界は本ブログが既に指摘している。資金がないのである。地方財政は習近平政権が人工的に破綻させた民営不動産業界に支えられていた。またこれまで見てきたように、中国政府は驚くほど倹約的な小さな政府である。諸外国のように財政赤字を拡大させ、それを国債増発でファンディングする選択肢には強い拒否感、というよりまだ選択肢にも入っていないはずだ。財政出動どころか、何もなければ財政引締めが進みそうである。「従って景気対策が行われるので中国経済は年後半にかけて底打ちへ」勢は習近平政権にいったい何回裏切られたのか数えきれないが、それは中国の財政体制に全く無知だからである。さすがに中国政府のGDP対比3%という財政赤字目標をすぐに書き換えるとするエコノミストはほとんど皆無だが、代わりに財政赤字の外側で地方政府に「地方専項債」発行を加速させると口を揃える。しかし、投下した資金をプロジェクトから回収できず「赤字」になったら激怒されるのだから財政赤字の役割を代替できるはずがない。その結果、政治局会議で発表された政策リストには共通点が見られた。中央政府は抽象的に方向性を画餅するだけで、具体的な支援策は一切ないし、財政拡張も伴わないのである。強いて言えば、さすがにこれまで引締めの対象だった民営企業の「イノベーション支援」の文言が入っていたことからテック企業に対する「苛政の終了」が意識されやすかった。憎き「房住不炒」も消えた。苛政をやめるだけなら予算はいらない。更に「資本市場を活性化させ、投資家のセンチメントを回復させる」にわざわざ触れたことが官製バブル誘発を期待させた。7/24深夜からNY上場の中国株が急速に買われ始めた。確かに作文で官製バブルを煽るのも予算がいらない。住宅価格下落による負の資産効果を株式市場の資産効果で打ち消そうとするのも自然な発想である。しかし、この官製バブルは2014年末に始まり2015年夏に弾けたものと比べてもあまりにも支援材料が少なかったのである。



特に海外からの直接投資(FDI)はWTO加入以来初めて完全に止まっており、ネットFDIは中国企業による海外調達・海外買収ブームの2015年以来の深いマイナスとなった。5月から述べてきたように、どんなに海外が金余りでも2021年のような中国株バブルの再来はあり得ない。より短期的にも香港経由は資金流出が続く。ただでさえ景況感がよくない中国国内の人民を単体で官製バブルに追い立てても効果は期待できず、そればかりか官製バブルが崩壊した時、不況への備えも更に損なわれるのである。
経済指標の底割れ


そうこうしているうちに経済指標の悪化が加速している。CPI, PPIともにデフレーションの領域に入っている。小売売上高に至ってはゼロコロナ最中対比でも年率+2.5%でしか伸びていない。

8/15発表の「主要3指標」でまとめられる鉱工業生産、小売売上高、固定資産投資の3指標が超絶悪いと捉えられるだろうことを当局も予想できていたらしく、発表直前にリバースレポ金利と1年MLF金利の同時「緊急利下げ」を打ち込んできている。

物価情勢を見てもM1を見ても金融緩和は必要な措置であったが、ファーストリアクションが人民元安の進行になるのは仕方がない。「苛政をやめる」との口先発表で一度人民元高が進む場面もあったが、やはり「米国がリセッション入りして利下げサイクルに入るまで再び7を割り込むカタリストはほとんど思い付かない」。これ以上の金融緩和の有無は人民元安に対する当局の許容度次第であるが、先進国と違って極端な低金利政策は取れないだろう。

株式市場単体の支援のために印紙税引下げを検討しているとのニュースも流れた。これは過去の深刻な株安局面でもたびたび導入されてきたが、その効果はあまり長続きしなかったことが判明している。

過去の記事で取り上げてきた若年層失業率についてはついに今回から発表取りやめになった。見栄えが悪いからと言って隠蔽するのは海外投資家から見ると一層信用できない行為であるが、統計局としては中国国内で話題になる方が怖いので、海外投資家からどう見られるかを気にしている場合ではないのだろう。引続き中国発のグッドニュースはありそうになく、また中国景気が海外の金融市場に悪影響を与えるかどうかはともかく、「従って景気対策や金融緩和が必要になるのでそれは好材料に」という形で好影響を与えることだけはあり得ないだろう。

同時進行で民営不動産のデフォルト懸念が続いている。恒大ことエバーグランデが2021年から長々とリストラクチャリングをやっているのは有名だが、「三道紅線」における優等生だったカントリーガーデン(碧桂園)もドル建て社債利払いができなくなっている。中国では支払いが止まってからデフォルト認定まで1ヶ月あるので、恒大の時と同じような社債のクーポンを払った払わないの茶番が今後1ヶ月近く続くことになる。優等生でさえこうなので、他のバランスシートがもっと弱い民営不動産は推して知るべしである。リオープンの時に発表されていた民営不動産の資金調達支援策は信用した人が間違っていた。もっとも恒大が2年経っても倒産していないことからも分かるように、デフォルト以降の進展も緩慢である。中国政府は救済するのがあくまでも「未完成の建物プロジェクト」であると強調するが、同時にそれは民営不動産企業側に「建物の完成を優先するため」との名目で債務返済の努力を放棄する口実も与えた。恒大の未完成建物の引継ぎも目途が立っていないのに、今度はそれにカントリーガーデン以下の分が加わる。具体的にどの企業や組織がどのように運転資金を調達してプロジェクトを続けるかは分かっていない。
2015年対比で世界が成長を中国に依存していないおかげもあって、今のところ海外への影響も限られているが、今回のチャイナショック2とも言える景気後退が中国を長期にわたって衰退させるリスクは2015年のチャイナショックと比較にならないほど絶大なものになるだろう。2015年では我々は中国政府が少なくともマクロ経済においてはかなり迅速に正しい対策を行っており、海外市場のパニックが中国経済への無理解に由来することが分かっていた。今回はそれさえも期待できないのである。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。