Reply of the Zaporozhian Cossacks
 新たに始まったハマス・イスラエル戦争の影にすっかり隠れてしまったウクライナ戦争。前回の記事で取り上げた、西側の訓練と装備を利用したウクライナ軍の反攻作戦は、当初の宣伝よりやや遅れつつも、半年前に本ブログが予想した通りの戦場ザポリージャ州で大々的に始まった。反攻作戦について前回の記事で「今後の戦局としてはどちら側の攻勢も効果を挙げづらく、合計100万人以上が1000キロにわたってばら撒かれた戦線で長い消耗戦に陥ると思われる。前線の兵力が多ければ多いほど、凡ミスを挽回する機会が増えて膠着に陥りやすいのである」「ロボットアニメと違って陸戦では少数の新兵器が戦況を大きく変えることはない」と予想していたが、そこから更新する必要もないほど、戦局はその通りになった。

 ザポリージャとは「急流を過ぎた(beyond the rapids)」の意味である。キエフから南東に向けて流れるドニエプル川はドニプロとザポリージャで二度急カーブを描き、ザポリージャからヘルソンを経て黒海沿岸の河口に至るまで、南西に向かって幅広い水面がゆったりと流れるようになる。歴史上ザポリージャを中心とするウクライナ南部一帯は乾燥したステップであり、コサックの故郷として知られている。特にイリヤ・レーピンの『トルコのスルタンへの手紙を書くザポロージャ・コサック』が有名である。手紙でオスマン帝国への従属を求めてきたスルタンの軍を戦場で撃退し、皆でアイデアを出しながらあらん限りの罵詈雑言を盛り込んだ返信を書くという、南ウクライナ大草原住民の侵略や圧政への抵抗精神の象徴となる名画である。
Kakhovka Dam
 1950年代以降ソ連はキエフからザポリージャにかけてのドニエプル川に多数の巨大ダムと運河網を建設し、ザポリージャからクリミア半島にかけての一帯を乾燥したステップからヨーロッパ屈指の穀倉地帯に改造した(2014年にロシアがクリミア半島を併合するとウクライナがドニエプル川からクリミア半島に繋がる北クリミア運河への水の供給を停止したのが、この戦争の遠因にもなった懸案の一つとして知られている)。新しい農地にはソ連各地から開拓民が移住し、ニューヨークやニューイングランドと同じように、「新」を意味する「ノヴォ」から始まる地名が多数付けられた。そのような経緯からザポリージャ州とクリミア半島はロシア語圏に数えられることが多い。最下流のカホフカ水力発電所のダムが作った巨大なダム湖の畔にはザポリージャ原発も建設された。ロシア軍の侵攻によってザポリージャ州も戦場になり、カホフカ・ダムもザポリージャ原発もカタストロフィの文脈で語られることになった。

ザポリージャ反攻作戦

Ukraine Zaporizhye offensive plan
 世界中の注目を浴びながらウクライナ軍の反攻作戦は6月初旬に始まった。奇襲になった前回のハリコフ方面の反攻作戦と異なり、今回はロシア軍が数ヶ月かけて構築した重層的な要塞線「スロヴィキン・ライン」に正面から突っ込んで行くのである。敵が警戒した通りの方面からの攻勢なので、前回の記事ではオープンリーチと形容した。ウクライナ軍は三つの攻撃軸に合計15万人を動員したウクライナ領内に駐留するロシア軍は42万人と言われている)。準備砲撃の後、第47機械化歩兵旅団と第33機械化歩兵旅団などの欧米製戦車、歩兵戦闘車がザポリージャの平原を突撃して行った。昨年秋のハリコフ戦線では戦車大隊の突撃を見ただけでロシア軍は逃げ散っていた。今度はその戦車が西側の「先進的な」戦車にグレードアップされている。条件は万全なはずだった。
Leopard 2 destroyed
 が、一蹴りで倒れるはずの納屋の扉は鉄鋼でできていたのである。欧米製の戦車群も地雷原、対戦車障害物(龍の牙)、そして塹壕からなる要塞線の前で歯が立たなかった。正面の敵は「特別軍事行動」初期から順調に戦果を上げ続けた第58諸兵科合成軍が主力であり、昨年と異なり兵員数にも困っていない。西側戦車の強みである暗視装置を生かそうと夜間突撃を企図したがそれも地雷原に阻まれて挫折し、狭い画角が大破したレオパルト2とブラッドレーM2で埋め尽くされた写真が話題と衝撃を呼んだ。NATO軍が訓練した予備部隊の練度はソ連装備の旅団群より遥かに低かった。先頭車両が地雷で大破すると、後続車両が反射的に横から追い越そうとして当たり前のように他の地雷を踏んだ。貴重な地雷処理車両も地雷原の真ん中に乗り捨てた。擱座した車両は砲撃でとどめを刺された。暗視装置の不足を補うためにロシア軍は久しく活躍していなかった武装ヘリKa-52まで持ち出し、暗い中ウクライナ軍の装甲車群を対戦車ミサイルで一方的に狩って行く。前回の記事でも「訓練を担うNATO軍自身も今の戦局にフィットするような、制空権がなく火力でも圧倒的に劣勢の状況下で粘り強く抵抗し続ける経験を持っているのか」と問題提起していたが、反攻作戦はまさに敵の航空優勢に泣かされてることになった。レオパルト2の装甲は薄すぎるとウクライナ軍は感じ、ソ連時代の爆発反応装甲を取り付けることになったためロシアの軍事ブロガーに煽り散らかされた。第37海兵旅団のフランス製偵察車両AMX-10RCに至っては装甲が薄すぎて至近弾でも乗員が死傷した。装甲が薄いと分かりきっている偵察車両を突撃の先頭に投入したウクライナ軍指揮官にも非難が集まったが、戦車が足りず他の車両までこの戦役に動員することになった以上、そういう使い方しかあり得ないではないか。設計の時に想定したような「高い機動性で一撃離脱する」などという場面は出て来なかった。要塞線を相手にそれをやっても意味がないからだ。要するに植民地の非武装の市民を威圧するくらいしか使い道がない車両が本物の陸戦に耐えられなかったのである。
Destroyed Ukraine  mine breaching vehicles
 航空優勢がない中での戦車の集団突撃を行う愚をウクライナ軍はすぐに悟り、装甲車を輸送手段と割り切り塹壕攻略に降車歩兵を投入し始めた小部隊に分かれての徒歩での浸透作戦はバフムート攻略戦においてワグネルが用いていた戦術であり、当時は人命軽視だの囚人の使い捨てだのと散々バカにされていたのだが、前回の記事で述べたように防御陣の攻略には浸透作戦が最適解であり、ウクライナ軍も結局はそこに辿り着いたのである。一度塹壕に取り付くとロシア軍は損失を避けるために後退し、取られた塹壕を後方から砲撃したが、たとえそれで歩兵を殲滅できたとしてもその塹壕はしばらく機能できない。それを繰り返すことでメートル単位ながらも前進が可能になる。こうして恐らくワグネル並みの損害を出しながらも戦果は好転の兆しを見せ始めた。増援もないまま長期間にわたって最前線で酷使されてきた第58諸兵科合成軍の司令官イワン・ポポフ少将が公の場で国防省を批判したが、直ちに更迭された。とはいえロシア軍の士気も西側の想像より遥かに高く、負傷して敵兵に囲まれた兵士は迷わず手榴弾のピンを抜いた。それが陸戦というものである。

 東部戦線でもウクライナ軍が主導権を握り続けた。バフムートはさすがに陥落したものの、本ブログの観測通り、ロシア軍はウクライナ軍の反攻作戦を阻止できるコンクリート群を手に入れたかっただけで、依然バフムートの西方正面に展開するウクライナ軍を放置した。甚大な被害を受けたワグネル軍は撤収し、バフムート両翼の陣地を空挺軍に明け渡したが、部隊交替は常に敵にとって狙い目になる。新たに陣地に入ってきたロシア軍は地形に慣れるのに時間がかかるし、何よりもバフムート戦線の非常識的な損耗率に対する心の準備ができていなかった。その隙を突く形で優勢な敵の砲火に晒されつつも第3、第5強襲旅団と第22、第28機械化旅団が南から、第57自動車化旅団が北からバフムートの両翼を圧迫し始めた
1944 NYTimes
 ウクライナ軍の多正面作戦の進捗の遅さは西側からの批判に晒された。米軍関係者はウクライナ軍に対して兵力を分散させず、諸兵科連合の訓練通りに南部戦線の突破に集中すべきだと主張した前回の記事でも述べた通り、NATO軍による訓練は実戦ほど役に立たなかった。そもそも「諸兵科連合」するほど各兵科の装備は揃っていないし、航空優勢確保のための支援をしないまま反攻作戦の強行をウクライナ軍に迫ったのは一体誰なのか。少数の兵力で敵の大兵力を牽制できる場面があればその分主戦場で有利になるし、逆に一ヶ所に戦力を集中して他の戦線で露骨に守勢に入ったら敵も他の戦場から増援を持って来るまでである。ロシア軍もウクライナ軍も長い戦線を構築してから、敵の弱点を見つけてはそこを主戦場に設定して一気に攻勢に出てきた。戦意の薄いイラク軍師団を砂漠で追い散らした経験しかない米陸軍には理解できない大規模な戦役指揮の哲学がそこにはあった。米陸軍が丁寧に構築された大規模な防御陣を突破した経験は1944年にパットン大将に率いられた時が最後ではないか。
BBC Ukraine liberate Robotyne
 ウクライナ軍参謀本部の計画では恐らく西側装備の旅団群を統括する第9戦略予備軍の突撃でスロヴィキン・ラインを速やかに突破し、突破口に第二梯隊として第10軍団を投入する算段だった。更にその後方に第46、第82空中強襲旅団を総予備軍として配置していた。敵がドクトリンとして後方に予備部隊を温存しつつ、劣勢になった主戦場に随時移動する機動防御を重視していることが分かっているので、幅広い正面に同時攻撃を仕掛けることで敵が予備部隊を最前線に張り付けるよう強制し機動を阻止する。要するに模範的なソ連風の縦深攻撃である。しかし、攻勢が初っ端から躓いたので第10軍団も逐次投入せざるを得なかった8月に入ってついに総予備軍の第46、第82の両旅団まで前線に投入された。攻勢の主力はこれらの総予備軍が務めることになり、第82空中強襲旅団に配備されたイギリス製チャレンジャー2戦車を喪失しながらもウクライナ軍は8/23にロボティネを解放した。これはウクライナ軍がスロヴィキン・ラインの主陣地に到達し楔を打ち込むのに成功したことを意味する。
Ukraine Zaporizhye counter offensive result
 ロシア軍がロボティネの南方に更に何重にも要塞線を構築しているとはいえ、100キロほど背後はアゾフ海であり無限に後退できるわけではない。ロシア軍は常に兵站を鉄道に依存していたため、限られた鉄道を砲火で封鎖できれば、アゾフ海に到達しなくてもロシア軍の占領地を実質的に東西に再び分断することができるので、ロボティネ攻略の意義に何倍もレバレッジがかかったように見えた現にウクライナ軍は砲兵も前進させることでロシア軍の軍用列車にロケット弾を撃ち込むことに成功した。しかし、いくらなんでも地図上で取るに足らないほどの突破を戦局全体の転換点と考えるのは皮算用と言うしかない。兵站や補給は戦闘での劣勢を常に覆せるほど都合のよい論点ではない。鉄道への依存は同じソ連軍系統のウクライナ軍も同様であり、ロシア軍ももっと距離が近い敵鉄道網の攻撃に苦労している。それ以前に、総予備軍まで投入してあるため彼らまで疲弊したらもはや増援がない。ウクライナ軍の攻勢がロボティネ南方で限界点を迎えたのは必然であった。バフムート近辺の攻勢も頓挫したため、ロシア軍は直ちに東部戦線の総予備軍だった第76親衛空挺師団を南方戦線に移動させた第76親衛空挺師団は開戦当初キエフ侵攻に参加し、その後東部戦線に移り、更にヘルソンの防衛に駆り出されるなど、常に最激戦区に消防隊のように投入されてきた「ロシア最高の師団」であるウクライナ軍が総予備軍を使い切り、ロシア軍の総予備軍が新たに到着したため、ザポリージャ方面におけるウクライナ軍の反攻作戦は完全に頓挫した。半年近い攻勢で前進できたのは十数km程度であった。

クリミア攻撃

BBC Ukraine attack in Crimea
Kilo-class Rostov-na-Donu
 諸兵科連合の拙劣さをとかく指摘されがちな地上反攻作戦と異なり、ウクライナ軍が仕掛けた単発の遠距離攻撃は大きな戦果を挙げ続けた。まず洋上の天然ガス採掘施設に設置されていたレーダーサイトを破壊して早期哨戒網に穴を開け、クリミアの対空ミサイル陣地を巡航ミサイルで一基ずつ潰して行った対空ミサイルの掃討が終わると第7戦術航空旅団のSu-24攻撃機を出撃させ、セヴァストポリ軍港のドライドックに入渠中のキロ級潜水艦に巡航ミサイルを直撃させることに成功した翌月には黒海艦隊司令部の建物にも巡航ミサイルを叩き込んだ。これは「モスクワ」の撃沈と並んで21世紀初頭における敵艦隊への打撃の双璧となり得る戦果であるが、優勢な敵艦艇に対していかに劣勢側としてミサイルで防空網を突破するかを長年研究してきたソ連軍の後継者ならではの手際でもある。セヴァストポリがもはや軍港として安全でないから領有しても意味がないではないかとの声も上がったが、その程度の困難でクリミアが割譲されるほど世間は甘くない。世界中で戦争になったら敵のミサイル飽和攻撃を受けそうな軍事基地はいくらでもある。

歴史は繰り返す

Avdiivka
 一個一個の遠距離打撃の積み重ねだけで戦局を打開できることはできない。ウクライナ軍の攻勢が頓挫するとすぐにロシア軍は東部戦線で攻勢に出た。ドネツク方面のアウディーイウカもマリンカもウクライナ軍が数年間かけて構築した要塞であり、簡単に攻略できそうになかった。しかし恐らくは防衛側の凡ミスで、アウディーイウカにある欧州最大規模のコークス工場の隣にある、市内を見渡せる燃えカスの山をロシア軍は占拠した。ロシア軍司令部は総じて攻撃精神が欠落しており、動員能力が高いウクライナ軍と比較して遥かに損失に敏感だったが、一方で長い消耗戦の中で戦機を捉えた時の変わり身は神業に近かった。ポパスナ突破もそうだったし、ソレダルの陥落からバフムート攻略戦に雪崩れ込んだ時もそうだった。恐らくスターリンが赤軍を率いていた時代を彷彿とさせるような苛烈で容赦のない命令が下され、第2諸兵科合成軍の3個旅団と旧ドネツク軍ボストーク旅団はアウディーイウカに対して損害を顧みず猛攻を加え始め、80キロ先の鉄道などと言わずアウディーイウカと後方を繋がる鉄道を直接物理的に抑えにかかった。
Economist Ukraine fire power
 アウディーイウカを防衛していたのは主に第110独立機械化旅団だったが、彼らが消耗に耐えかねて情勢が危うくなるとウクライナ軍は反攻作戦の主力だった第47機械化歩兵旅団のレオパルト2戦車大隊を南部戦線から撤収させ、アウディーイウカに投入した。前回は精鋭中の精鋭だった第93機械化歩兵旅団がハリコフ戦線からバフムートに移動した時点でハリコフ反攻作戦の継続が既に陸軍司令部によって放棄され、主戦場がバフムート防衛に移動したことが判明したが、今回の第47機械化歩兵旅団の転進も同様の構図を象徴する。反攻作戦の砲火が急速に衰える様子は衛星からも見えた。攻防戦の開始時点ではアウディーイウカには戦略的な価値がないなどと笑う声もあったが、それもバフムートの時と同じ負け惜しみであり、ウクライナ首脳部の判断はそれを否定したことになる。反攻作戦を拠点の喪失で終わらせるわけにはいかなかったのである。ワグネルは既にいないのでアウディーイウカ攻略は更に時間がかかる作業であり、またたとえ陥落したところで膠着が続くだけであるが、クリミア奪還まで続くはずだった反攻作戦がここに着地するとは全くの龍頭蛇尾である。

 率直に言ってウクライナ陸軍司令部の戦闘指揮は学習能力が高い現場と比べても、ゲラシモフ参謀総長が直接南部戦線で指揮を執っているらしい敵司令部と比べても全く芸がない。三回とも攻勢の終盤は似たような展開になった。ハリコフ戦線での奇襲作戦こそ上手く行ったものの、それ以外の作戦は要するに人海戦術によるゴリ押しと死守であり、不利になった後の引き際の判断もロシア軍と比べて常に遅かった。もっとも不利な態勢でも死守を命じて損害を拡大させたのは政府の軍事的合理性を無視した干渉の結果とも言われている。前回の記事で述べたように「作戦を開始するタイミングと戦場の選択の自由度をもっと前線司令官に与えるべき」であったし、そうでなければ前回の成功は再現できない。人間味の薄い戦役指揮で何かと批判されがちであったロシア軍司令部は、少なくとも決然と攻勢に出るべきタイミングと、大惨事になる前に撤退すべきタイミングについては完璧に測ってきたし、司令部に求められる能力はそれが必要十分ではないか。一方、現場の組織としては明らかに動員兵を随時主力旅団の補充に回し、古参兵に戦場で教えさせるウクライナ軍のやり方の方が、動員兵で新しい旅団や連隊を編成するロシア軍のやり方より合理的だった。後者は重要でない戦線で慣らしてからでないと激戦区に投入できず、空挺軍は古参の志願兵を密集させたまま最前線で消耗に耐えることになった。初戦でよくも悪くも目立っていた第1親衛戦車軍など1年以上にわたって動きがない。

継戦能力

Shoigu and Kim Jong Un
 両軍の砲弾供給については前回の記事でも触れたが、欧米からの支援に頼るウクライナ軍は依然慢性的な砲弾不足に悩まされている欧州の使えなさはいよいよ目立っており、2024年3月までに100万発の砲弾を供給すると約束したものが3割しか進捗しておらず、未達が決定的になった。一時期ロシア軍が毎日5万発、ウクライナ軍が1万発消費していたとのことなので、30万発の少なさが分かるだろう。兵器の輸出能力では相変わらず常在戦場の韓国が目立つ。ロシアはそれより遥かにましだがそれでも余裕はなく、ショイグ国防相が北朝鮮を訪問して以来、北朝鮮から砲弾を輸入しているとの疑いを掛けられている。砲弾にはハイテクもローテクもないので「北朝鮮製までかき集めるのか」と嘲笑うのは危険であり、またロシアが北朝鮮に見返りにどのような技術を安売りするのか、警戒しなければならない。一連の取引は安保理決議違反である。この戦争を「代理戦争」と決め付けるのはややポリコレに反する表現になるが、滑稽なことに、兵器に限っては韓国と北朝鮮の代理戦争に成り下がる可能性がある。大きな声では言えないが欧米から供給されたクラスター砲弾は効果的であった。直撃弾を得る必要がないので通常の砲弾より数倍効率がいいのである。

 ハマス・イスラエル戦争の勃発は欧米諸国のウクライナ向け支援に更に不確実性を付け加えた。ゼレンスキー大統領も西側のウクライナ支援への関心がイスラエルのために薄れていることを認めた米国は「ウクライナ安全保障支援イニシアチブ(USAI)」を既に使い切り、今後は「緊急時大統領在庫引き出し権(PDA)」による小規模な米軍在庫供与に切り替わるバイデン政権はウクライナとイスラエル支援を抱き合わせにした緊急予算案を主張しているが、ウクライナ支援に消極的な共和党はイスラエル支援に限定した予算案を主張し対立した。欧米諸国のシンパシーは所詮は旧ソ連にすぎないウクライナからイスラエルに一気に移った。「武力による現状変更の成功例を作ってはならない」と息巻いていたのも所詮その程度のものだ。西側の先進的な兵器を駆使できるのがウクライナ軍の強みとされてきたが、ここに来て急に外国頼りの弱点が露呈することになる。代理戦争でないにしても、支援者の都合で戦局が全て決まるという点においてはまるで代理戦争であるかのようだ。ロシアが戦時経済の下で一心不乱に戦車と砲弾、ドローンの量産を続けたのと対照的である。
Valery Zaluzhny
 ウクライナ総司令官・ザルジニー大将はエコノミスト誌のインタビューで「ウクライナ軍の反攻作戦は決定的な突破に繋がらなそうであり膠着状態に陥りつつある」ことを認めた。「ウクライナ軍は既にロシア軍を15万人戦死させており、これは他のどの国なら戦争を続けられない大損害であるが、ロシア軍の人命軽視は予想を超えた」と負け惜しみを開陳している。本ブログなどからすれば第一次世界大戦化はバフムート攻防戦の頃からの常識としか思えないし、朝鮮戦争でもイラン・イラク戦争でもそうだったように、双方の動員数が増えれば必然的に機動戦から陣地戦に移行するに決まっているのだが、今更「まるで第一次世界大戦のような塹壕戦に陥ったと気付いた」としつつ、「ウクライナの軍隊と国家は長い塹壕戦に耐えられない」と打ち明け、新技術による戦局打開を性急に求めた。個人的にはロシア軍の損失はウクライナ軍の大本営発表ほど重いものではないし、逆にロシア軍の消耗への耐性も神話レベルではなく限界があると思っている。ベトナム戦争での米国やアフガン戦争でのソ連が例外的にリベラルだっただけで、軍事大国は5万人程度が戦死したところで戦争を継続できるのが普通であるが、その上のどこかには限界がある。プリゴジンの茶番のような叛乱と死を経てワグネル軍の突破力を喪った今、塹壕を守るだけならともかく、ロシア軍にも新たな主要都市に対して大攻勢をかけて戦局を打開する能力がない。元より持久戦は防衛側の味方であり、特にウクライナレベルの大国ならたとえ国力や人口でロシアに劣っていても、防衛戦争であるがゆえの動員のしやすさと海外からの継続的な支援である程度補完できるはずであった。
Mediazona Russian Casualties
 しかし前回の記事でも「何年も続く持久戦になるかと言うと、始まる前からまるで痺れを切らしたように反攻作戦が叫ばれているようでは、少なくともウクライナ側はあまり持久戦を想定していないと見なされても仕方ない」としていた通り、痺れを切らしたような反攻作戦で野戦軍を素早く消耗させてしまったということもあり、ウクライナ軍の方が持久戦が始まる前から音を上げている。不完全な統計なのでトレンドが分かる程度ではあるが、ロシア軍の損害はバフムート攻防戦の頃よりも遥かに軽い今や戦局は誰が見ても昨年11月よりも悪化している敵には戦闘と消耗が永遠に続くと錯覚させて初めてその戦争継続の意志を挫くことができるのに、音を上げたのを敵に悟られるのは致命的であり、「もし第三次反攻作戦で大損害を受けて挫折すると、ウクライナ側はかなり厳しい決断を迫られる」と挙げていた通りの事態に転落しつつある。後にゼレンスキー大統領がザルジニー大将の悲観論を打ち消す講演を行ったが、それも両者の間の不和と解釈されることになった。元よりザルジニー大将が慎重派で政府が押し付けてきた航空優勢がない中での「攻勢のための攻勢」に抵抗してきたのは有名であり、今更仲違いしたわけではないし、まさか防衛戦争なのに軍部が離反することもないだろう。しかし、パットン大将はかつて「軍人は最後の戦役で最後の弾に当たって死ぬのが唯一の道である」などと言って回っていたが、そこまで覚悟を決めていない動員兵にとってはそれが最もアホらしいので、上層部が既に戦意を喪失していると分かると急速に生命が惜しくなるだろう。
TIME Zelensky
 更にTIME誌は「大統領が勝利できないことを信じないのは自己欺瞞であり、その頑固さが政権に新しい戦略や方向性を示そうとする努力を妨害している」とする政権関係者による大統領批判の声を取り上げている欧米当局はひそかにウクライナが領土の一部を諦める形での停戦を模索し始めた。朝鮮戦争末期と同様、今後の展開がゼレンスキー大統領の意志から遠ざかり始める可能性が高まる流れが出来上がりつつある。半年前と違って早期停戦を想定し始めてもバチが当たらないだろう。しかし、たとえウクライナが東部の一部の領土を将来割譲することになったとしても、その国境線の変更は不当なものだったと可能な限り長く記憶しておくべきである。
Ukrainian T64BV
 常々述べてきたようにこの長い戦争は両軍ともテクノロジー面で厳しい制約を受けてきた。戦車は天蓋が弱いので鳥籠を取り付けようという程度の戦訓はあったものの、未来の陸戦の姿を予想させるものというよりまだまだ過去の陸戦の残像である。ドローンは本来偵察から強力な攻撃力まで兼ね備えており、損失を気にせず気軽に大量に投入できる攻撃機の代わりになるものであるはずだが、両軍ともに高性能のドローンを投入できず、偵察気球と手動指令ミサイルの代わりとしてしか利用していない。S-300とS-400が優秀すぎるということもあるが、今回のように防空システムのせいで両軍とも空を使えなくなることは本来あり得ないはずだった。物量の面でも仮に常在戦場の東アジアで紛争が起きた場合、たとえそれが南北朝鮮間であったとしてももっと豪快に火力を消費できただろう。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。