
中国景気の悪化は続いており、それに対して政府は連日刺激策を打ち出しているが、本ブログの読者であれば全ての刺激策に共通点があると思いながら眺めていることだろう。規制緩和はまだよい方で、それ以外は号令ばかりで中央政府は全くお金を出さないのである。景気悪化に気付いたとしても脊椎反射で「従って景気刺激策が出て成長を下支えするだろう」と書いてきたエコノミスト達のシナリオから着々と遠ざかっている。中国景気の急速な悪化の起点を不動産バブル崩壊に結びつけ、また不動産バブル崩壊という共通点をもとに「日本化」を論ずる声が多いが、本ブログが中国民間企業の日本的な「バランスシート不況」を否定したように、中国と1990年の日本との共通点は限られている。中国経済の問題はあくまでもこれまで「バランスシート不況よりも猛なり」と表現してきた習近平政権の苛政である。

2023年8月までのいかなる時点でも中国には不動産バブルが存在したことはないのが本ブログの見方である。住宅価格は平均年収対比では高いものの、2000年代からその比率は大して変わっていない。バブルだったのはあくまでも経済成長の方である。毎年5%でGDPが成長するなら15年で倍になることが分かっているので、高々7年分の年収で買えるようでは住宅はとんでもなく割安になってしまう。住宅価格が下落したのはあくまでも習近平政権が民営不動産企業を迫害し、更に経済が失速したためであり、因果が逆ではない。
ランドセール・レント

問題はあくまでも、地方政府がランドセールを通じて不動産市場から現金を引き出し続け、そのあぶく銭を湯水のように使って実力以上のインフラ整備を行ってGDP成長率を5%以上に持ち上げてきたことである。あぶく銭なので「1ドルのGDPを作るのに9ドルの政府支出が必要」という投資効率の悪さにも頷ける。ランドセール収入は図の「政府性基金収入」の大半を占めており、それが2021年まで高い成長を続けた後に2022年、2023年と大きく落ち込んでいることが分かる。落ち込んでいるのは当然、迫害を受けた民営不動産業界がランドセールで地方政府が売り出す国有地を高値で落札してくれなくなったためである。

従って今起きているのは、不動産バブル崩壊が全ての引き金を引いた1990年代の日本化というより、オイルショック後の原油収入(レント)で潤って気が大きくなっていたところで原油高バブルが弾けて急速に財政が悪化した1980年代後半のソ連化に近いのではないか。ソ連が原油・ガスから獲得したレントの金額を推定したのが図である。なおソ連が崩壊したのは1991年である。

地方財政のランドセール依存からの脱却がいずれ進めるべき懸案であったことは事実だが、移行期間を設けて一時的な国債増発(中央政府の財政赤字拡大)で総需要を下支えしながら行うしかないのに、習近平政権は一切セーフティネットを敷かないまま、民営不動産業界の首を直接絞めることでいきなりハードランディングさせ、更にテック業界の引締めが招いた高失業率、更に外交が招いた先進国向け輸出の萎縮及び先進国からの直接投資の急停止を同時にぶつけたのである。もちろん政権がランドセールの代わりとなる財源を不動産税(固定資産税)に求めようとしたことは分かっているが、この試みは2021年に既に失敗に終わっている。本ブログは不動産税によるランドセール代替の試みを2021年から既に追っており、またその時からランドセールに依存する地方財政の問題点を指摘し、民営不動産企業迫害が地方財政危機になって返って来る構造を指摘していた。しかし、まさかその上でランドセールに代わる財源も考えないまま2023年まで民営不動産企業迫害を続けるほど政権が浅慮であるとはさすがに予想していなかった。GDPの20%を占める不動産関連セクターは今度数年間にわたってGDPの足を引っ張ることになるが、それは別件であり、この記事ではその高々1%のインパクトの議論をしていない。
財政出動が湧く壺

移行期の痛みが大きい小さいかはともかく、中国の経済成長の中でランドセールに依存する前提の部分を今後二度と取り戻すことができないのは間違いない。経済成長が落ち込むと中国政府は「意思決定が速い専制国家特有の」「機動的な」財政出動で景気を下支えするだろうと脊椎反射で考える行為は、中国の財政体制に対する無知を晒すものであるとはこれまで何度も述べてきた。意思決定の仕方がよく分からない東側の専制国家だからと言って壺から歳入が湧いてくるわけではない。むしろ公的債務を大規模に利用できる勇気も信用も市場流動性もないため、西側の先進国対比でも更に壺が小さいのである。現に公共支出は2023年になって失速している。公的債務にファンディングされた財政赤字を機動的に活用できず、歳出が歳入に依存するなら財政政策はアンチ・シクリカルというよりプロ・シクリカルになるのである。

中央政府が財政赤字を頑なに拡張しないとなると、財政政策の財源を一般会計の外に置かれている専項債の増発に頼るエコノミストが多いが、ランドセールの急ブレーキで歳入に空いた穴を専項債でファンディングするほどのアニマルスピリットが残っている地方政府は少数である。現に2023年の専項債発行ペースは2022年対比でも遅い。習近平政権になって地方官僚のKPIは明らかにGDP成長から債務管理に移行している。危機感を持って何かとGDP成長や外資誘致を求めて来る国務院は地方官僚から見て「サボタージュしても怖くない方の」部局である。専項債が一般債務に算入されないのは「プロジェクトの収益から資金を回収できる」建前になっているからである。景気下支えのための専項債ファンディングのプロジェクトなど採算が取れないに決まっているが、習近平政権は後から建前を理由に吊るしに来る性格であることも分かっている。従って地方政府は誰に何と言われようと今後財政緊縮に入るのが合理的であり、その分の需要不足を中央政府が財政赤字の拡大で引き受けてスムージングを行わないといけないが、中国共産党政府の歴史的な吝嗇さ、公的債務へのアレルギー、そして地方政府のモラルハザードへの嫌悪感を考慮してもそれは予想可能な未来では起きそうにない。
スティグマ化するLGFV

むしろ財政緊縮を始めてもランドセール崩壊対応に間に合わないので、地方政府本体より先にその下にぶら下がっているLGFVの債務懸念が持ち上がりつつある。LGFVは多くの場合インフラ施設を入れてオフバラ化した箱であり、地方政府からの「暗黙の保証」に由来する信用力を使って地方政府の代わりに資金調達を行う。インフラ施設単体から上がる収益は誤差なので、大半のLGFVは返済能力を母体に依存する。リーマン・ショック後の「4兆元の財政出動」でもLGFVがファンディングを担っていたが、習近平政権になってこの財政出動が否定的に評価されるようになると、LGFVも何やら原罪のようなものを背負わされる存在になっていく。中国全国でLGFVは数千社あるとされており、その総債務は9兆ドルと中国のGDPの5割に達する。もしこのセクターの信用が揺らいでくるとインパクトが甚大である。中国の債務規模の話をする時、分かっていない人間はLGFVを「非金融企業」の括りに入れて他国の民間企業債務と比較することもある。

パンデミック前から既に南西部や北西部の経済的に弱い省のLGFVの調達コストは上昇してきた。2018年年末からLGFVの引締め運動(控増化存)と中央政府の救済しない示唆は始まっていた。パンデミック入りと共に全国各地でゼロコロナ関連の支出が急増したため一旦は放任にシフトし、更に思い出したように引締め始めたのはパンデミック後である。2023年になって政権が「隠れ債務」の調査を始めたこともLGFVの調達にブレーキをかけた。

地方政府のランドセール収入が途切れた途端にLGFVの支払い能力が落ち始めた。まだ数十社とはいえ、コマーシャル・ペーパーの返済さえも間に合わないLGFVが急増している。LGFV調達が止まると地方政府のファンディングは一層困難になる。民営不動産業界迫害のインパクトがついに地方財政を直撃したのである。
地方債務危機の解

地方債務問題そのものの解は薄っすらと見えている。LGFV債務はこれまで発行額を厳しく制限されていた地方債への置換が少しずつ進む。最初からポリティカル・コレクトな地方債を発行すればよいのではないかという話だが、地方債の発行制限にはロング・ストーリーがある。歴史的に地方政府は後先考えない投資と過剰債務を繰り返してきた。そのモラルハザードの後始末を中央政府は可能な限りしたくないのである。とはいえLGFV債務を放置すると今後デフォルトが多発してシステミックリスクを引き起こしかねないので、少しずつポリティカル・コレクトな地方債枠を広げてLGFVを置換させていくしかない。肝心のLGFV債そのものの需給は一旦悪化した後、地方債化の流れが見えている(北京プット)ので堅調であり、LGFV債務――ただの地方債と考えればその規模は大したことない――がアセットクラスとしてすぐ問題化することはない。
どうしても行き詰まってディストレス化した自治体――恐らくランドセールへの依存度がことさら高い南西部の省が中心と思われる――が出た時は、華融などのAMCが作られた時と同じように財政赤字を通さないまま「貨幣化」するのを選ぶだろう。つまりLGFV債務をSPVが買取り、そのSPVに対して銀行と政策銀行が永久にファンディングを提供する。対応するファンディングを更に中央銀行が銀行と政策銀行に対して永久に行う。これまでの習近平政権のあくまでも他人にお金を出させる癖に従って市中銀行のみにファンディングをやらせると銀行株暴落しか招かない。しかし中央銀行と政策銀行のペアがファンディングに参加するならそれはQE、それもQQE(質的量的緩和)と認めることができるだろう。似たような仕組みでチャイナショック後の棚改のファンディングに大々的に用いられていた担保付き補完貸出(PSL)も――こちらは事前にアナウンスを行わないので事後にしか確認できない――PBOCが資金の出所であり、投入されたらQQEと見なしてよい。代償は人民元の裏付けが少し毀損することである。政府はケチでも、中央銀行にゴミを放り込むのはハードルがもう少し低い。

しかしファンディングが一時的に繋がったとしても、構造的な歳入の穴が埋まるわけではない。窮地に陥った省の救済――それが地方債発行許可であれディストレス処理であれ――があるとしても、それは公務員リストラなどのIMFばりの厳しい歳出制限要求とのセットになるだろう。中央政府が機動的な財政赤字拡大を拒否するなら政府部門の雇用もプロ・シクリカルになるため、今後ただでさえ民間雇用が弱い中で更に公務員の削減・賃金引下げラッシュがやってくる可能性が高い。その場合アジア金融危機と国有企業の大規模なリストラが併存した1990年代後半の中国自身の経済環境――1998年から2002年にわたって5年間のデフレーションが続いた――にも似てくる。その時に苦況から脱出できたのは2001年にWTOに加入し、先進国の外需という洪水が全てを押し流したお陰であるが、今回はむしろWTOから脱退したような勢いで先進国の外需が縮みつつある。海外投資が途絶えれば生産性向上も減速するので、潜在成長率の観点からはパーフェクトゲームである。既に中国政府はリオープン込みで2023年の成長目標を5%に置いたことが分かっている。これは例年対比では考えられない低い目標であり、これまでの景気刺激策のなさと整合的と言える。2024年の成長率を考えた時、リオープン効果に相当するほどの規模な財政出動を行わないと成長率を再び5%近くに持っていくのが既に困難であるのに、それがなかったり、或いは逆に財政緊縮が加速したらどうなるか。
ランドセールに依存する地方財政と外資進出の急ブレーキに伴い、中国の今後の成長がこれまで見たことがない水準に向けて長期的に、また不可逆的に減速する可能性が高いのはこれまで研究してきた通りである。米国経済を追い越すなど夢のまた夢である。一方、9兆元のLGFV債務自体はそれとは別に持続可能であり、いつに決断が下されるかは別としてQEという解がうっすらとは見えているため、債務問題のエクストリーム・シナリオまで考慮する必要もこれまたなさそうである。中央政府がどうしても財政赤字拡大を拒み続けるなら、地方政府の財政緊縮による痛みを金融緩和(QQE)のみで対処することになる。それが上手くいけばソ連化から、いまひとつ生産性が上がらない劣化版日本化に移行できるだろう。前回の記事では「今の中国経済のレールの先に見えるのは拡張的でない財政と倹約的な金融緩和、デフレーションの組合せとなる」としていたが、「倹約的な金融緩和」にどこまで広がる余地があるかを見守ることになる。
デフレーショナリー


中央政府が大幅に財政赤字を拡大しない限り、中国において需要崩壊によるデフレーション圧力がかかり続けるのは想像が難しくない。中国のCPIとPPIがデフレーションの領域に入ったことが話題になったが、同時に「食料品主導の物価下落にすぎない」「単月のデータでは何とも言えない」という声も上がった。しかし小売売上高を見ると飲食が増えて自動車、家庭用品とオフィス用品を減らしているので標準的なデフレーションではないか。本ブログの見方ではこれは逆資産効果が効き始めた結果にすぎず、逆資産効果と財政緊縮に由来するデフレーションが本格的に始まる前の数字である。豚肉などの供給能力の毀損が起きない限り、構造的なデフレーションへの転落はむしろこれからである。資産サイドの買支えの必要性だけでなく、物価情勢も金融緩和を要求しているため、Fedの引締めサイクルさえ終われば、人民元相場を気にする必要もなくなったPBOCの金融緩和が加速するだろう。
先進国のように消費者への移転所得も「景気刺激策」の一環として挙げられがちであったが、これは長いゼロコロナ政策中でさえ給付金を行わなかった習近平政権の緊縮志向、消費者への不信と軽視をあまりにも過小評価している。WSJの記事がそれをまとめている。イデオロギーはデフレーショナリーである。
香港大学の陳志武教授(金融学)によると、中国の政策立案者たちは長年、国有企業に資源を振り向ける方が、国民への現金配布よりも迅速かつ確実に成長を生み出せると考えてきた。消費者は国有企業よりも気まぐれで制御が難しく、たとえ現金を受け取っても支出を増やすかどうか定かでない、というのが彼らの見方だという。また中国当局者は国際機関の担当者に対し、文化大革命の時代に習氏自身が乗り越えた数々の苦難――当時は洞窟で暮らしていた――が、緊縮から繁栄が生まれるという思想の形成に役立ったと話していた。「中国人からのメッセージは、欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ、ということだ」。国際機関の会合でのやり取りを知る関係者はこう語った。
もちろんこれから見てきたように、2015年ほどは世界は成長を中国に依存していないので、先進国へのデフレ輸出が大がかりに進むとは思われない。そもそも供給制約が終わってグローバルで総供給能力が概ね元に戻った後、中国のデフレはどこかのインフレの鏡像だからである。さすがに中国のリオープンと景気支援のための財政出動が世界にインフレ圧力をもたらすという考えをまだ捨てていないエコノミストは極めて少数だろう。恐らくデフレ輸出の恩恵をより強い受ける陣営と、デフレ輸出の恩恵が少なくインフレーショナリーながらもデリスキングの恩恵を海外投資ブーストという形で受ける陣営に分かれていくものと思われるが、これまた冷戦後半にソ連が割安な原油で東側諸国を繋ぎ止めていた構図と被る。我々が冷戦が始まりそうと思ったところが、既に冷戦末期にワープしていたのである。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。