GS MAP surprise China EU US
 8月分から中国の経済指標は同時多発的に改善しつつしており、期待が極めて低かったこともあり中国のエコノミック・サプライズはぶち上がっている。散々言われてきた日本型デフレを回避できるかもしれないとまで調子よく言われ始めた本ブログの見方では今後の構造的な、本格的なデフレ転落はまだ始まってもいないので、この程度の改善でデフレ回避など笑止千万であるが、とにかく今は改善に向き合うべき時間帯であることは間違いない。
Bloomberg China Export Import
 輸出は依然前年比大きくマイナスながらも跳ね始めた
MS China Industrial Production
MS China Retail Sales
Bloomberg China Industrial output and Retail Sales
 8月の小売売上高と鉱工業生産も持ち直し始めた
Bloomberg China Industrial Profits
 工業利潤も大幅に改善している。綺麗にシンクロされた経済指標の回復は中国経済のリバウンドを意味するのだろうか。もしこのリバウンドが中国発だったとすれば、輸出が同時に回復する理由がない。実際中国自身の内需環境、たとえば不動産市場は全く回復している形跡がない。ではまず考えられる背景は外需の回復である。小売は夏休みの外出(ガソリン消費、外食増)という季節要因もあるとして、鉱工業生産と工業利潤は輸出受注の回復に伴うものではないか。受注の回復は中小企業経営者を中心に一定のセンチメント回復にも寄与しただろう。
TradingEconomics China Taiwan Korea Export
Dailyshot Taiwan Korea Export
 これまでの記事でも述べたように、我々はみな、中国の外需は習近平政権の外交政策が招いたデリスキングの流れで構造的にもはや期待できないと考えてきた。しかし、デリスキングはあくまでも長い目線の話であり、友好国での生産で代替するには時間がかかる。直近に限っては中国の輸出の落ち込みをデリスキングの本丸と解釈するのはのはややストーリー先行ではないか。現に中間財をおもに輸出する台湾、韓国の輸出や輸出受注は中国の輸出とシンクロしている。中国の外需がこの数ヶ月でベトナムやらメキシコやらのフレンドショアリング・ニアショアリングに代替されたとして、中間財の需要も台湾、韓国がどこかに代替されたと言うのか。
TradingEconomics China export and US import
Bloomberg US Import and Trade Balance
 犯人は米国の輸入そのものである。2021年年末から2022年年初にかけての中国からの輸入ラッシュが明らかに例外だったとして、2022年から2023年にかけては米国の輸入が継続的に減少している。その結果、パンデミック中に生産の中国への依存に伴い著しく悪化していた貿易赤字は縮小している。輸入にしろ貿易赤字にしろ絶対値はパンデミック期対比ではまだ大きいものの、米国景気が絶対的にも相対的にも堅調であったことを考えるとやや違和感を感じる減り方ではないか。GS Inventory Sales ratio
 景気がよいのに輸入を減らしている背景としては、一つにはパンデミック明けで消費が財からサービスに移行していることが挙げられ、消費財にはいわば負のペントアップデマンドが来ているということになるが、それでも需要が弱いわけではない。次に、米国企業は海外からの消費財の仕入れを減らして在庫が減るのに任せていると考えられる。現に一般消費財の在庫比率にはその形跡が見られる。
NV Fed GSCPI
 サプライチェーン制約に伴う供給不足はとっくに終わっており、何ならパンデミック前よりも制約がルーズになったかかわらず、在庫が減り続けたのは、明らかに能動的に減らしたためである。
Ychart ISM Manu Inventories and New orders
 経済のハードデータと全くかみ合わない形で弱かったISM製造業景況感指数においても、在庫はかなり底辺域に来ている。普通の景気後退では新規受注が減るにつれて意図せざる在庫が発生しがちであるが、今回の引締めサイクルでは新規受注のダウントレンドが続いたにもかかわらず在庫もダウントレンドになった。これは米国企業の経営陣が景気先行きに対して悲観的(リセッションビュー)で在庫管理を保守的に運営したためではないか。ISMが弱いのを見て景気後退を予想するとその後の耐久財受注や小売売上高などのハードデータにボコボコにされるところであったが、ではISM製造業がなぜ一人弱いかというと、これは米国企業経営陣の脳内リセッションだったと見るべきではないか。景気が経営陣の悲観的な予想よりも堅調に推移したため、企業在庫は軽くなっており、次にやって来るのが在庫補充のフェーズとなる。在庫の再補充は普通に考えればインフレーショナリーである。またディスインフレーションが順調に進んではいるものの加速するほどではなかったのは、一貫して米国企業の在庫が軽かったためと思われる。インフレの後にリセッションが来ると思っているので、値下げせず高く売ってから補充しない、という立ち回り方である。

 ここで一度中国に話題を戻そう。以上の議論を組み合わせると、米国のISMリセッションは企業経営陣の脳内で完結した架空のものであったが、彼らがリセッションビューに基づいて海外発注を減らした結果、中国(とその先の韓国、台湾)だけは本物の米国発リセッションが直撃したと見なすことができるのではないか。つまり中国が2023年前半に直面した外需の消滅は必ずしも構造的なものではなく、シクリカルなものだった可能性も出て来る。
GS US China Container Freight Shipping Rates
 もちろん中国自身の経済や金融市場は他の構造的な問題が山積しており、投資不可能であるのは変わらない。しかし、こと外需の減少に限っては構造的なものとシクリカルなものを混同すべきではない。この違いはまた、米国企業の在庫補充プロセスがインフレーショナリーかデフレーショナリーかを決める分水嶺でもある。つまりこのプロセスが中国からの輸入復活という形を取るか、万難を排して新しい輸入先を探すことになるのか、である。今のところ8月には中国の外需が復活しており、それに伴い閑古鳥が鳴いていた米中コンテナ運賃もやや上昇し始めている(2021~2022年はサプライチェーン制約で異常値なので縮尺が狂って見づらくなっている)。だとすれば長期的なデリスキング・ストーリーとは別に、きたるべき在庫補充プロセスがパンデミック前への回帰になるパターンもまだ排除できない。その場合、在庫を補充すればするほどデフレを改めて輸入することになり、米国企業はコストの低下を享受すると共に、将来の需要後退に対しても値下げで個数を守る選択肢を取りやすくなるだろう
GS GDP estimate
Reuter US GDP Breakdown
 輸入減はGDPの計算でも上方に作用する。米国のGDPがついこの間までリセッション確実とされていたのに、直近になって異様な高さを保っているのは消費の堅調さの割りに輸入が増えなかったためでもある。今後はこれまでマイナスに作用しがちだった在庫削減から在庫積み直しに移行するため、米国GDPの堅調さはもうしばらく続くと思われるが、それが輸入に依存したものになるなら大して伸びないだろう。またその場合輸入するのはデフレなので、実質成長が堅調ならインフレが再加速しやすくなる類の構造も存在しない。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。