FRED RRP and TGA outstanding
 6月から始まったRRPの取り崩しは、一旦始まると止まらなくなっている。我々は債務上限問題で連邦政府がFedに置いていた政府預金(TGA)を極限まで取り崩し、6月初に債務上限が一時停止された後に国債増発を通してTGAを復元しにかかったことを学んできた。その過程は1兆ドルの資金吸い上げになるという憶測があったが、1兆ドルをRRPプールが供出するので民間にとっては影響がないと本ブログは予想し、実際にそうなった。半年経ってTGAは8千億ドルほど積み上がったところで一段落した。2020年の残高が非常用であることが分かっており、2022年のピークが1兆ドル弱だったので、TGAの積み直しプロセスはこのあたりでほぼ終了したと見てよい。本ブログの見立て通りにRRPの減少はTGAの減少を埋める形で行われ、増発されたBillに置き換わった。1兆ドルの流動性吸上げを警戒する声は、聞いて無視できないなら知らなかった方がマシであり、有害であったことが分かっている。
RRP change ex TGA
 チャートを眺めていると、どうもRRPがTGA以上のペースで減っているのではないかという気がしてくる。TGAが積み上がるのを埋めただけなら8千億ドル減れば十分だが、最盛期2.6兆ドルあったRRPは気付いたら半減している。そこで5/31を始点にしてRRPの減り方からTGAの積み上がり方(緑)を除いたRRPの純減(青)を作成してみたところ、秋から冬にかけてダムの放水のごとく流動性が民間金融市場に流出しているではないか
Pictet Fed liquidity and QT
 非TGA・RRP流出量は9/30以降の2ヶ月で総額4,000億ドルに達した。これは950億ドル /月のFed QTを上回るペースであり、この2ヶ月に限っては民間証券市場で量的緩和(QE!)が行われたことになる。それが10月末の債券、株式のダブル安からのダブル反発の背景の一つになったと思われる。QTが粛々と続いているにもかかわらず、2023年にわたって市中流動性は概ね一定に維持された。3月にはSVBショック(中小銀行危機)の救済措置(BTFP等)に妨害され、次にRRPの流出にオフセットされたのである。本ブログなどは前者を捕まえてnot QEモーメント突入を連呼した

利上げ停止とRRP放出

OFR US Gov MMF Investments
 RRPダムからの流動性放出のきっかけになったのは何か。それは明らかに、Fedの利上げ停止に伴う短期金利の不確実性の低下である。一連の資金シフトの主体はMMFであり、RRP(紫)からBill(Treasury、水色)への鮮明なアロケーション移動はMMF側のモニターからも観測できる。RRPの取り崩しがTGAの積み上がりによってパッシブに吸い出されただけなら民間流動性にはニュートラルであるが、TGA以上のペースで取り崩されているならそれはQTを打ち消す量的緩和(QE)になる。長期金利市場が中立金利上昇やらタームプレミアム大幅拡大といった愚かしいアイデアを愚かしくトレードし、右往左往していた頃、MMFマネージャーは既にこれ以上のFedの利上げ懸念は限定的と断定して粛々とデュレーションを伸ばしはじめ、アロケーションをオーバーナイトのRRPから比較的デュレーションが長いBillに移したのである。振り返ってみるとFedの最後の利上げは7月末であり、気付いたらそこから既に4ヶ月経過している。利上げピークが見えて来るとRRPの逆流が起きる事象そのものは、本ブログが遅くても2022年8月までには想像で導出できたものであり、1年4ヶ月前の記述を引用するだけで直近半年間の流動性環境をそのまま説明できる。

 「純粋にデュレーション管理の観点からMMFマネージャー達がいつRRPに避難した状態から元々の、Billが大半を占める平時体制にアロケーションを復元しようとするだろうか。こちらの答えは明らかであり、数ヶ月以内の政策金利の不確実性が消滅し、利上げの終盤が見えてきたタイミングである。その後利下げに転ずるかどうかについてはどちらでもよい。とにかくインフレの鎮静化が確定的となった後、政策金利がピークアウトすると共にMMFマネージャーのデュレーションリスク復元に伴いRRPからBillに、そしてBillから更にクーポン債へとカーブを伝って資金が鹿おどしがひっくり返る勢いで還流する可能性があるということである。2兆ドルのRRPはほとんど全額がMMFによる利用であり、またそれは2021年以降の短期間によって積み上がったものである。その半分を吐き出すとしても毎月95bnのQT2の1年分に相当する。今でも国債金利カーブの起点であるBillは政策金利対比で割高であるが、政策金利に不確実性が残る間はたとえそれが割安化したところでRRPからの資金還流を期待できるか怪しいものの、政策金利がピークアウトした後にQT2によってBill~国債金利カーブが割安化した場合は、RRPプールから1~2年分のQT2をオフセットする程度の資金還流(Billの買支え)が期待できそうである」
GS MOVE
 つまり政策金利がピークアウトするタイミングにさえなれば、利下げの有無にかかわらず、RRPから証券市場への資金逆流は起きるのである。パウエルFedが故意に利上げサイクルの終了を明示的に市場参加者に悟られないように隠してきたため、利上げ終了=流動性バブル再開の圧力は4ヶ月にわたり分散されてきた。実際、金利市場のインプライド・ボラティリティ低下は利下げ停止から遅れた。それでも9月、遅くても10月には大半のMMFマネージャーは利上げサイクルが既にピークアウトしたと判断したことになる。
HSBC performance of SP500 after Fed pause
 その頃にはまだパウエルFedは追加利上げがあるかもしれないと仄めかしていたのだが、それが日銀が2023年になっても「必要があれば躊躇なく追加緩和」と言っているのと同じタイプの惰性であることを見抜く必要があった。ただでさえ過去の利上げ停止期間はまず株式指数が上昇が始まり、リセッションシナリオでは利下げ転換の前後から下落し始める。それに今回利上げ停止=RRPの逆流が加わる形となる。もちろん長期債のデュレーション需給は流動性とはまた別の観点であり、RRPがTGAの範囲を超えて垂れ流されつつあることに早々と気付いたとしても、10月の愚かしい、発作的な長期金利上昇局面とそれに伴う株安局面に一時的に耐えなければいけなかった。つくづく将来のシナリオを思い付くことよりも、そのシナリオが発現するタイミングを当てる方が難しいのである。

RRPを使い切るタイミング

RRP outstanding
 RRPの逆流でここまでの流動性バブルを解釈したところで、次に大事になるのはMMFがRRPを使い切るタイミングである。もしRRPがTGA積上げをサポートするものでしかないならTGA積上げが終わったら流出が減速するはずだが、現にTGA積上げが終わってもRRPからの流出は減速せず、非TGA・RRP流出が加速した。こうしてみるとRRPの逆流は最初から所与であり、TGAの積み上げはその一部をたまたま回収しただけという構図に見えてくる。ということは恐らくハイペースなRRP流出は今後も続き、今後数ヶ月の証券市場の流動性を過度に緩和的にした後、これまでの予定よりもRRPが早く枯渇する可能性が高い。単純計算では来年春にはRRPが枯渇し、QTが恐らく初めて本格的に証券市場に効いてくることになる。

QT終了のタイミング

SG Fed BS
 今サイクルの金融引締めの全容が展開されるのはその後である。早速、RRPが枯渇したら準備預金の減少と国債市場の流動性低下を懸念し、その時点でQTも止めるべきとする声が上がり始めた。それは利下げ織込みどころではない甘えであり、2019年のレポ・ショックの再来がないようにSRFが整備されてある。
FRED Bank Reserve and Fed Treasury holdings
 2019年の経験では準備預金が1.5兆ドルを下回ると銀行間金利が上がったりして勝手に引締めが加速する(レポ・ショック)のだが、銀行システムの円滑な機能のために必要な準備預金は今や2.5兆ドルまで引き上がっているらしい。5年前と比べて国債市場の規模も名目GDPも3割程度膨れてしまっているためハードルがやや上がるのは仕方がないが、もしそうだとすれば仮にRRPが空になった後にQT進行に伴い銀行預金の減少が見られ始めた場合、Fed BSの縮小余地はせいぜいあと1兆ドル後半(RRPの800bnと銀行預金の900bn)ということになる。QT1では銀行預金の減り方が国債削減ペースよりも更に急だった。今回はMMFへのシフトもあってFed BSと銀行準備預金は必ずしも連動して来なかったが、もし銀行預金が減り始めたらQT終了までカウントダウンとなる。QT2は毎月95bnのペースなので2025年前半に停止することになるが、これはSRFが発動される前にFedが遠慮したケースであり、SRFがあればレポ・ショックだけは起きないので、SRFとRRPで強引に短期金利市場を量で挟み込むと決め込めば更にBS削減余地ができる。いずれにしろ、RRPが枯渇する2024年前半からQTが終わる2025年前半にかけて、証券市場は2023年に見られなかったようなQTによる流動性引揚げに直面することになる。

もう一つの流動性枯渇イベント

FRED Small bank cash and BTFP outstanding
 中小銀行危機の後、中小銀行の準備預金(上図・緑)は巨大銀行(上図・青)に流出しつつも極めて緩慢にしか減っていないが、それはBTFPで減少分を埋め続けたためであり、中小銀行の準備預金減少もBTFP残高(下図・青)も年後半にかけてやや加速している。BTFP残高を除いた中小銀行準備預金(点線)は既に2023年3月の水準を下回っており、中小銀行の流動性の維持がBTFPに依存しているのは明らかである。2023年3月に中小銀行が大挙してBTFPで1年物ターム資金を借りた後、Fedは更に75bpの利上げを行っているが、2024年3月にはBTFPの借り換えがやってくる(理論的にはBTFPプログラムが1年経って延長されずに終了する可能性もあるが、世間がここまで依存しているようでは延長は不可避である)。借りた時点では2023年中の利下げが確実と思われていたので意識した人は少なかったが、2024年3月までにその75bpを戻さない限り、借り換えで調達金利は更に上昇する。RRPの枯渇とBTFPの借り換えが重なる2024年春にはひと悶着ありそうに見える。
Bloomberg Fed cut pricing
 年初には100%あると思っていた2023年中の利下げは残念ながら間に合わなそうであるが、2024年3月という次の区切りに向けてFedが予備的利下げに踏み切るかどうか
RRP meme
 RRPの枯渇後、本当に準備預金の減少を観測できるかどうか、およびそのペース、FedがSRFの威力を試す気になるかどうか、なども含めて将来RRPがもたらすインパクトを予想するにはまだ変数が多い。そもそも、いくらパブロフの犬のようにFed BSを見て投資する人が多いからと言って、RRPだけが証券市場の上げ下げを支配しているわけではない。
FDIC Unrealized loss on investment securities
 地銀を含む銀行業界の国債投資による含み損は一旦ピークアウトした後、直近になって再び増えている。3月と比べて長期金利が4%近辺から4%台後半まで更に上昇したのに含み損の総額が前回とほぼ同じにしかならなかったのは、途中で一部を処分したからだろう。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。