2024年1月から始まる新しい少額投資非課税制度(NISA)で、これまでマックスで年間120万円だったNISA枠(非課税枠)が積立ての120万円、成長投資枠の240万円の計360万円まで拡充される。我々個人投資家にとっては非課税枠が広がることは当然有利であり、当局が妙に勧めるなら何かトラップがあるなどと考えるのは合理的ではない。ここでは一歩先を読んで新NISAブームが為替市場に与えるインパクトを推定してみたい。新NISAには既に旺盛な申込みが入っており、「現行NISA口座数で証券会社の6割強のシェアを持つネット証券5社合計の積み立て投資の予約額は20日までで月間2,300億円」とのことであるが、月間2,300億円と言えば年間2兆7,600億円であり、それが引続き6割のシェアなら10割は4兆6,000億円となる。
月2,300億円のうちトップ3つの人気投信は海外株ファンドであり、それらだけで月1,500億円を占める。日本株投信はトップでも20位の「ひふみプラス」であり、当然日本国債投信がその前に来るわけがないので、限りなく全額に近い金額が海外に振り向けられると予想される。12/20以降の積立て設定分に加え、積立て枠の倍の金額の成長投資枠もあるので、年間5兆円の海外資産投資が新NISA枠内で行われると考えるのはかなり控えめな方である。
日本株への資金流入を計算する側の視点からも「期待薄」という結論になっている。日本株投信の人気のなさは2021年の記事「インデックス投資の隆盛は資産運用のドル化に繋がる」で想定した通りである。金融庁が怪しいブロガーまで動員して積立てインデックス投資を「正しい投資」と推す以上、インデックス投資では情報収集が必要ないためホームカントリー・バイアスが払拭される。むしろアンチ・ホームカントリー・バイアスとも言えるくらい日本株の人気がないのは、インデックス投資である以上、国・地域選別は必然的にトップダウンに行われるためである。更に新NISAは一つの金融機関を選んで開設することになるため、後で他のファンドに投資したくなった時に後悔しないように、ファンドの品揃えがフルラインでない証券会社・銀行や、投信直販を頑張ってきた、日本株を得意とする独立系運用会社は排除されがちになる。「資産運用立国」の中で日本株の需給を支える役割は海外資金に与えられているように見える。
今のNISA口座数は2千万程度と考えられ、月間2,300億円の積立て予約は平均して一口座あたり1万円強となる。これは、そうは言っても一人当たり月間10万円も余剰資金を捻出できない家計、そして積立てで長期投資を行うインセンティブがない家計が多いからであり、2千万口座が全て月間10万円の積立て枠を使い切ると考えるのは現実的ではない。実際使い切ったら毎月2兆円、毎年24兆円のフローという計算になり、それが新NISAの積立て部分が動員できる新規投資額の天井となるが、さすがにその桁には近づかないだろう。いずれにしろ、年間5兆円の海外投資フローを想定するのはかなりフェアではないか。
もちろん年5兆円にはこれまでの一般口座や旧NISA口座で保有する投資分からの置換も多く含まれるに違いない。これまでの投資信託の運用会社を通した海外株式投資額の推移は財務省の「対外・対内証券投資」から読み取れる。これは2015年から増え方が急になっているが、今後の推移に対して緑の点線が「年5兆円ペース」であり、青の点線が「2023年ペース +年5兆円ペース」である。年5兆円が完全に新規資金とは限らず、一方でボトムにはなるので、今後の海外投資ペースは二本の点線に挟まれた推移になると思われ、2015年~2023年のペースよりは上方に屈折する可能性が高い。
一方、NISA口座は今も増え続けている途中であり、また毎年NISA口座開設者の投資未経験率が高くなっているため、年5兆円の大半が経験者による置き換えで終わるということはないだろう。つまり上の図の想定ゾーンの下限よりも上限の方が現実に近いのではないか。
日本の経常収支がだいたい年間10兆円台の黒字なので、それと比べても年5兆円という数字は小さくない。2024年以降の日本円の需給にも個人投資家の海外投資はそれなりの影響を与えるだろう。Fedをはじめとする先進諸国中銀のpivotが差し迫っており、一方で日銀が緩和から引締めにゆっくりと向かっているおかげで、今が為替サイクルの円高サイドというよりも円安サイドに近いとは思われるものの(例えばドル円が150円を大きく超えないというのは本ブログの2023年のメイン・ビューの一つだった)、こうやって下値を着実に支えそうなフローが控えていることから、例えばこれまでの諸外国の利下げサイクルのボトムで見られたドル円の100円割れ警戒などというところまでは気が遠くなるほどの距離がある。名目金利差まで考えると余裕資金の相当な部分を外貨建てで持っておいても不安は大きくないだろう。逆に個人投資家にとって為替ヘッジをかけて名目金利差を潰しながら海外資産に長期投資するメリットはあまりない。海外側の政策金利サイクルが気になるなら超長期債でも組み込んでおけば対処できる。
海外株式市場自体の規模はもっと大きい(例えばS&P 500の時価総額は40兆ドル)ため、新NISAが海外株式指数の値動きそのものに与える影響は限定的だろう。もっとミクロには、日本籍の円建て海外インデックス投信は新規購入者分の外貨を仲値(毎朝9:55)近辺で購入することが多いと思われる。積立ての購入日はこれまでの通説によるとデフォルト設定の1日が多い(少なくとも日本株にはそれで1日が上がりやすいというアノマリーがあるとされている)。実際のデフォルト設定日は各ネット証券を開いてチェックする必要があるが、もし1日に集中するなら、外貨購入のフローも月初に集中する可能性が高いと思われる。正確には日本株投信と違って海外株式投信は申込み日に対して約定日が翌営業日になるため、1日設定の分の外貨購入フローは2営業目の朝になるか。いずれにしろ、我々が積立て投資を申し込む時は1日より少し前の日付に設定した方がリターンがよくなりそうである。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。