5y Realized Term Premium
 年の暮れにあえて、主に機関投資家コミュニティが行ってきた「ヘッジ付き外国債券投資」というマニアックな話題について。貯蓄超過の日本から名目利回りが高い外国債券への投資フローは数十年単位で続いてきたが、一部の年金投資家や個人投資家は為替リスクを取れるのに対し、大半の資本も負債も円建ての金融機関は大掛かりに為替リスクを取れず、為替ヘッジを付けてはじめて外国債券に投資できた。ここでは最もメジャーな米国債を例にとりながらヘッジ付き外債投資の考え方を整理していく。

 冒頭の図は2000年以来の米国5年国債金利の推移と、その後の5年間のFF金利の平均値の推移を並べたものである。水色は同じ5年という期間の債券投資で長期運用を選択するか、短期運用を選択するかの結果の差であり、プラス域にあれば最初からデュレーションが長い国債に投資した方がより高い利回りを確保できたことになる。ゼロ金利の日本からの為替ヘッジ付き外債投資においては、全期間にわたって為替ヘッジのために短期金利差を払うことになるため、水色の分のリターンしか挙げられない。

 2000年代前半までは2003年のようによほど金融政策の転換を根本的に見誤らないといけない限り、とにかく中期、長期国債投資で短期金利運用と比べて大きな超過収益を挙げることができた。これは「事後に観測されるタームプレミアム」の存在を示唆すると言えるだろう。将来の金融政策には不確実性があるため、金利のデュレーションリスクを取ることにはタームプレミアムの獲得が伴うべきであり、実際大半のタイミングにおいて長期金利は将来の短期金利を過大評価してきた。しかし、グローバル金融危機(GFC)後のQE1, QE2, QE3を経て潤沢準備レジーム(Ample Reserve Regime)に入ると、事後に観測されるタームプレミアムは大幅に低下した。5年債に投資してデュレーションリスクを取っても、せいぜい同期間の短期金利の累積と同程度か、年率1%弱の超過収益しか挙げられなかった。2017年後半エントリー(2022年後半償還)では事後に観測されるタームプレミアムが復活したが、それは2020年から予想外のパンデミックに伴い超低金利時代に入ったためであり、ただの棚からぼた餅である。
GS US Household Bond and Equity Allocation
 潤沢準備レジーム下ではFedという巨大な保有者が民間部門と利回りを奪い合うため、デュレーションリスクから得られるタームプレミアムが圧縮されてきた。国債投資は先行きの金利を正しく当てないと大して儲からないものになっており、漫然と全サイクルにわたって長期国債投資を続けるだけならずっとMMFに投資するのと大して変わらない。それならMMFで十分ではないか。米ドル建てMMFをショートしながら米国債に投資する行為に近い非駐投資家のヘッジ付き米国債投資も、漫然と全サイクルにわたって長期投資を続けるならほとんど収益を挙げられないのは潤沢準備レジーム下では必然である。米国の家計もそれを直感的に感じたと見られ、2011年以降債券へのアロケーションを減らしてきた。潤沢準備レジーム下では国債はそれだけ「買っても儲からなそうに見える」時間帯が長いのが当たり前であり、長期債は短期債と比べてタームプレミアムが要求されるべきだという主張は、リーズナブルであるのと同時に前時代的でもある。もちろん、長期債は短期債と比べて利回りが高くなるべきだという主張はただのド素人である。
NY Fed 10y Treasury Term Premium
 事前に観測されるタームプレミアムもたまに話題になっている(10月の異例の長期金利上昇では話題になった)が、ここの議論とは別物である。事前にはどこまでが「フェアな金利予想が示唆する利回り」でどこからが「タームプレミアム」か、ある程度定式化を試みることが可能ではあるものの、明瞭に判別することができない。タームプレミアムが深いマイナスに沈んでいる時は、単に多くの市場参加者がデュレーションに強気だっただけかもしれない。QEで潰れた割りにはQTでは戻らなかったのも興味深い。ただ言えるのは、事前的なタームプレミアムまでプラスになるならタクティカルにデュレーションリスクを取るとかなり勝算が高いということである。2021年のようにたとえ実際に利上げサイクル入りが控えていてもタームプレミアムが再びマイナスに沈むまでの間に勝てるのである。2023年秋の非合理的な金利上昇局面でもタームプレミアムが大きくプラスになった。

 潤沢準備レジームとほぼ同タイミングで日本でアベノミクスが始まった。日本銀行が日本の国債金利を極端に押し下げることによって銀行の余資運用を日本国債以外の資産に強制的にシフトさせるポートフォリオ・リバランスに伴い、国内銀行は日本国債の代替としてヘッジ付き外債投資を拡大した。大半の金融機関が為替ヘッジを付けたのは余資運用ポートフォリオ対比で自己資本が限られる中、ポートフォリオのうちそれなりの割合で為替リスクを漫然とオープンにすると為替相場のボラティリティに耐えられないためである。カバーなし金利平価(Uncovered Interest Rate Parity)という有害な理論から導かれた、「為替のボラティリティからはリスクプレミアムを獲得できない」という有害な結論もヘッジ付き外債投資の流行を後押しした。現実にはリスクプレミアムを獲得できたのは為替リスクであり(Forward Discount Bias)、リスクプレミアムを獲得できなかったのはデュレーションリスクの方であったではないか。

 つまり相場観に基づいて海外金利をトレードするならともかく、ただ日本国債の代わりとなる現金の置き場所を求めてヘッジ付き外債に長期投資するのは非合理的であり、その非合理さはその後のパフォーマンスを説明する。2018年でも2022年でもヘッジ付き外債ポートフォリオの含み損が監督官庁から問題視され、長期投資のつもりなのに利上げサイクルのピーク近辺で都度都度切らされがちだったので尚更である。潤沢準備レジームが続く限り、ヘッジ付き外債への投資は、時間と共にリスクプレミアムをインカムゲインとして長期的に獲得できる類の投資ではなく、あくまでもキャピタルゲインを求めて海外金利の相場観に基づいて行うべき投機であるとの自覚が必要なのである。
5y-3M vs realized capital gain afterward2
 ではどのようにアクティブに投資タイミングを測るべきなのか。ここにヘッジ付き外債投資の第二の罠「ヘッジ後利回り」が襲い掛かる。「ヘッジ後利回りが高いので投資する価値がある」も「金利カーブがインバートしておりヘッジ後利回りがマイナスなので投資する気にならない」も非合理的な発想である。5年や10年続く債券の利回りを、せいぜい3ヶ月程度しかかからないヘッジコストの年率と比較する行為には何の意味もない。ヘッジコストは短期金利差に従って随時変動し得るし、金利カーブがインバートしているということは、大半の市場参加者は今後米国の短期金利も低下すると見込んでいることを意味する。もちろんそれが間違っていることもある。しかし少なくとも毎回それが「やり過ごすべき間違い」であるということはないし、そもそもマザーマーケットの言語もろくに喋れない非駐投資家がマザーマーケット参加者が作ったカーブの間違いを指摘するなど100年早いのである。スティープすぎる時も同様である。カーブがスティープなのはこれから利上げサイクルに入る蓋然性が高いことを意味しており、従ってヘッジ後利回りが高いのを見て、あたかもその利回りをフリーマネーであるかのように考えるのは、他の投資家が全員アホだと思っているのに他ならない。結局当たり前のようにヘッジコストも後から上がって来るので、逆ザヤになったところで役員や監督官庁に損切らされるのである。

 2000年以降、5年金利と3ヶ月Billの利回りのカーブスプレッド(水色)と、その2年後の3年金利との差(=5年債を2年間保有した後の利回り変化の実績、緑)を並べて検証した。インカム≒ヘッジ後利回りの累積は別として、非常に雑に言えば、2年後の3年金利が当初の5年金利より低ければ(緑がプラス域)、キャピタルゲインが得られたことになる。高くなっていれば(緑がマイナス域)2年後にキャピタルロスになっている。現実には圧倒的に、金利カーブがインバート(ヘッジ後利回りがマイナス)している時(2000年、2006年、2019年)の方が、5年国債に投資すると2年後にキャピタルゲインが得られている。一方、2003年や2014~2016年、2021年のように、カーブがスティープ(≒ヘッジ後利回りが高め)になってきたのに釣られて投資すると、2年後には当初織り込まれていた以上に更に金利が上昇して損している。日本は長らくゼロ金利なので、3ヶ月金利はドル円のヘッジコストと概ね連動しており、5y -3Mがインバートしているならヘッジ後利回りはマイナスになる。つまりヘッジ後利回りを見て判断しながら外国債券に投資するのは意味がないだけでなく有害であり、ヘッジ付き外国債券に投資するならヘッジ後利回りが低い、できればマイナスの時にエントリーすべきであり、ヘッジ後利回りが高くなったら債券投資をやめるべきなのである
Japan Outward Long Term Bond Net Purchase
 現実の2014年以降の本邦勢による対外証券投資の推移を見ると、2021年までは買い続けてきたが、引締めサイクルの2022年にわたって投げ売りを続け、利上げサイクルがピークアウトした2023年の、主に米国の長期金利が4%を超えた2、3月と9月以降に大掛かりに買い直している。日本の機関投資家の投資行動は漫然と買い続けていた前サイクルから明らかに進化しており、相場観を持って取り組んでいる意識が数字から伝わって来る。彼らにとっても長期金利の4%超えは麒麟のように珍しいのはコンセンサスになっているようであり、その後長期金利が愚かしくも一時的に5%に近付いた時に動ずる様相は見られなかった。結果的には4%超えに飛び付くのは少し早まったようであるが、そんなことは気にする必要がなく、4%台の国債投資で長期的に損し続けるには複数のレジームチェンジの合わせ技が必要なのは明らかだったためである。長期金利が4%を超えても「ヘッジ後利回りがマイナスなので買えない」だの「長期金利が短期金利より高くないと買えない」と言っているようでは永久にこの資産クラスに手を出すべきではないのである。

 蛇足になるが、為替ヘッジなし外債投資の方はしっかりと投資と言えるだろう。為替リスクに耐えながら米ドルをしっかりと保有する状態からのスタートとなるため、米ドル建て資産の保有から得られる全てのドル建てリターンを享受する権利がある。長期金利は短期的にはドル円の値動きとよく連動しているため為替リスクとデュレーションリスクが打ち消し合い、為替ヘッジなし外債投資はリスクの種類の多さの割りには、そして利回りの割りには値動きが安定する。逆に言うと債券と米ドルは常にどちらかが高く感じるので投資タイミングを測るのは難しい。少なくとも為替が米国側の政策金利の都合で動く間はそうである。逆に日本側の金融政策サイクルの都合(金融引締めやそのヘッドライン)で円高になった時が、為替ヘッジなし外債投資の好ましいタイミングとなるだろう。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。