FRED BTFP and Discount Window Outstanding
 年末にかけてはBTFPの利用額増加とレポ金利の上昇が話題になった。2023年3月の中小銀行危機に際して創設されたBTFP(the Bank Term Funding Program)の利用額はその後の中小銀行コミュニティのファンディング・ストレスを観測するためにモニターしていた市場参加者も多かったはずだ。3月の危機発生から6月までBTFPの利用額(濃い緑)は伸び続けたが、本ブログが解説した通り、これはより金利が高くスティグマを伴うFedからのディスカウント・ウィンドウ借入れ(水色とグレー、ただしSecondary Creditの利用者はほとんどいなかった)を置換したためであり、6月までに中小銀行危機がそれ以上悪化していないと判断できたかどうかが、株式投資にしろ債券投資にしろ、2023年のパフォーマンスを決める分水嶺の一つになった。6月以降はBTFP利用額は安定化し、その後半年かけてFDICへのブリッジローンなどが主体であるOther Credit Extensions(薄い緑)の処分も終わった。この時点でFedのバランスシートに載っているローン・ファシリティはほとんどBTFPが占めることになったが、そのBTFPが11月以降に再び伸び始めたのである。
FRED Banl Credit and BTFP
 BTFP利用残高が再び増え始めたのがちょうど9~10月の5%までの愚かしい長期金利上昇の少し後だったため、一層の長期金利上昇が再び米地銀のポートフォリオを劣化させ、ファンディング・ストレスを悪化させたというストーリーも立てやすかった。その可能性がチラつく限り、11月以降の金利低下・ゴルディロックス局面で債券は買えても株式は買いづらかった感覚もあったことは否めない。しかし、滑稽なことに、BTFP残高が増えるのと並行して米国の銀行貸出も増えている。そんな余裕がある以上、BTFP残高の増加を、中小銀行危機の再来を意味するものと見なすべきではない。

利下げ織込みからQEを誘発するBTFP

Fed Discount Window
FRED 1y Yield and Discount Window Primary Credit Rate
 BTFPの利用残高が伸びたのは単純に金利が安いからである。ディスカウント・ウィンドウの公式ページでもBTFPがディスカウント・ウィンドウ借入れより金利が安いのは一目瞭然である。BTFPは1年物で金利は1年OIS金利 +10bpと設定されてきた。利上げサイクルがピークアウトし、今後1年以内の利下げ織込みが進むにつれて1年金利も他の政策金利対比で低くなった。FREDデータベースには1年OISがないので仕方なくここでは1年国債金利で代用しているが、概ね同じ傾向を示すのは間違いない。3月に最初に借りた勢の借り換えがやって来るのは間違いなく、利下げ織込みのインパクトを見落とした前回の記事では「2024年3月までにその75bpを戻さない限り、借り換えで調達金利は更に上昇する」としていたが、利下げ織込みが1年前より激しいため75bpほどは上昇しない。もっとも上昇が低下に変わるわけでもない。
Bloomberg BTFP Balance and Interest
 Bloombergの記事でも同様の解釈が分かりやすく示されている政策金利対比でも安いレートになったBTFPを銀行コミュニティが借りながら資産を積んでアービトラージ(裁定)に使っているということである。Fedのディスカウント・ウィンドウを使う銀行はすっかり少数派になっており、2023年後半に全く残高が増えなかった。前回の記事ではRRPというスキームの下では利上げサイクルがピークアウトすると自動的にQEが始まるとしていたが、BTFPというスキームも利下げ織込みが進むとFedから借入れて資産を購入する銀行が増えるため、QEを誘発する効果を持つ。BTFPの登場時から本ブログは「2019年のnot QEモーメントの到来」を連呼したが、世間でもBuy The Fucking Pivotという語呂でBTFをQEと捉えてきた。まさに最後までBuy The Fucking Pivotだったのである。

ガラッと変わるBTFPの扱い

GS core PCE annualized
 不要不急の新規投融資に使われるチープファンディングに過ぎないならば、前回の記事が2024年3月11日以降にやってくるBTFP借り換えをケアしていたのも間違いであったことになる。早くもBTFPがやはり延長されないのではないかという観測が出てきた。どう見ても異例で緊急でなくなっているためである。べき論としては恐らくなくすべきであるが、実際どうなるかを当てるのは難しい。延長されるなら金融緩和として捉えられるべきであるが、或いはセットで使いづらくするために利下げ織込みのプッシュバックもあり得る。もっとも、金融システム以前に正攻法でPCEが物価目標達成に近付いているため、Fedは完全な自由を入手しており、わざわざ利下げ織込みをプッシュバックするモチベーションも2022年や2023年前半ほどではない。
GS Implied FF Rate Chnge
 結果的に、前回の記事が「BTFP借り換えケア」の文脈で提起していた3月利下げは25bpベースで一時80%まで織り込まれた。PCEの順調な減速を受け、12月FOMC後にパウエル議長が記者会見で利下げの時期が「次の問題であり、それを検討し議論している」と市場の利下げ織込みを追認したためである(Fed Pivot)。市場が織込むほどの利下げ幅を全て追認したわけではないが、この手の織込みはアキレスと亀のようなもので、途中まで追認されれば更に先に進むものであり、市場織込みがFed公認のキャッチアップを待って平仄を合わせることはない。

頭の体操にとどまるレポ・ショック2

Bloomberg overnight SOFR
 蛇足となるが、2023年末にはレポ金利が上昇するなど、短期金利市場でも少し混乱が見られた。2019年でもQTの進行に伴い準備預金不足と米国債市場での資金不足が見られ、レポ金利が大幅に上昇してコントロールを失うレポ・ショックが起きたため、そこでQTが挫折してnot QEに雪崩れ込み、また利下げサイクルも始まった。先立って進んだ利下げ織込みについておかしいと言っていた市場参加者はその時も全員轢き殺された。今サイクルでのレポ・ショックの再来を防止するために創設されたSRF(Standing Repo Facility, Fedからのレポでの資金借入れ)が抜かずの宝刀状態になっているが、段々その利用の現実化が話題になってきた。あまりにも資金不足が悪化して市中レポ金利が恒常的に5.5%を超えるようならSRFに手を出す金融機関も出て来るかもしれない。その程度ではQTを止めないようにするためにSRFがあるのだが、更に資金不足が進んでSRFへの依存が慢性化するとQTは終焉を迎えるとも言われてきた。Fedがいかにバランスシートから国債を落としても、同じ分だけSRF貸出がこびり付くようなら意味がないからである。本ブログからすればQTとSRFの両建てでもロンバード型貸出とでも思っておけばよいし、BSから国債が落ちないより遥かにマシではないかとは思っているが、果たして。
BofA SOFR ONRRP Spread
 2023年末のレポ金利の上昇はレポ・ショックの再来を一時的に連想させたかもしれないが、その規模は遥かに小さく、今のところレポ・ショック2もQT停止憶測もただのこじ付けである。これまで概ねRRP金利(政策金利コリドーの下限)に張り付いてきたSOFR(有担保無リスク金利)はRRP +9bpまで上昇したが、これは高々2020年末と同レベルである。現状ではRRP付利が5.3%、SRF付利が5.5%なので、SOFR -RRPスプレッドが恒常的に20bp以上に広がるまで上のパラグラフの議論は実現しない。長期金利が急速に低下したため国債の担保価値が急速に膨張し、レポ市場で国債を借りている参加者は借り換えに際して担保物と現金の等価を維持するための現金の追加差し入れが必要になった。それが一斉に起きたところで、ちょうど銀行がバランスシートを使いたがらない年末に当たったためレポ資金の出し手が減ったというテクニカルなイベントであり、レポ市場全体が恒常的に資金不足に陥るまでまだまだ距離がある。逆に年末の長期金利の急低下はレポショック2騒ぎを自己実現させる構造を少し孕んでいたということになる。しかし、年末を通過すると短期市場は落ち着きを取り戻し始めた。RRPが枯渇した2024年後半ならともかく、貯水池の水が減ったとはいえまだ健在である間からレポ・ショック2が起きるとは思われず、もしレポ・ショック2や早期のQT停止憶測が市場で優勢になっている(QE方向に先走りすぎている)とすればそれは一旦の剥落を余儀なくされるだろう。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。