Nikkei JPY
 本ブログが昨年末に取り上げた新NISA開始に伴う海外株投資についての考察が世間にも広がっている。日経新聞も新NISAが招く円安圧力を取り上げた。その記事内で「(松井証券の)窪田朋一郎シニアマーケットアナリストは"これを前提にすると年間5兆円規模の円売り・外貨買い需要が発生し、これまでより年2兆〜2.5兆円ほど円売りが増える可能性がある"と指摘」しているが、これは本ブログが「年間5兆円の海外投資フローを想定するのはかなりフェアではないか」としていた数字とぴったり一致する。その後この金額を日本の経常収支と比較する発想も前回の記事と同様である。ピクテ・ジャパンの大槻奈那シニア・フェローは積立てフローを「為替の相場観とは関係なく機械的なドル買い・円売りを生むため、岩盤的なドル買い需要になる」と表現している。それに対する異議は少ないだろう。実際、我々が多くの識者から今年はドル安円高が進むとロジカルに説明するのを聞かされた後、2024年に入ってからドル高円安が続いている。

 積立てインデックス投資の設定日も当然話題になった。「(松井証券の)積み立て設定日(NISA口座以外も含む)は毎月1日が15%で最も多く、その次が10日の13%。15日も10%」となっているが、これはよく分散された例に入るだろう。日経の他の記事は楽天証券のクレカ決済による投信積立の買い付け日が毎月1日と8日と取り上げたSBI証券のクレカ決済は全て1日マネックス証券はやや複雑で20日の3営業日前となっている。となると8日の翌営業日や20日の2営業日前の朝などもある程度の円売りフローが出てもおかしくないが、アノマリーと言えるほどのインパクトにはならないだろう。問題は1日にどれほど偏っているかである。
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 インデックス投信の中で二大巨頭とも言える「eMAXIS Slim全世界株式(オールカントリー)」と「eMAXIS Slim米国株式(S&P 500)」の過去の純資産総額データはそれぞれの公式サイトからダウンロードできる。そこから実際の毎月各営業日の口数の変化(増え方)の分布を作成した。純資産総額は投資家の入金による増加だけでなく株価や為替レートの上下にも左右されるため、基準価額(1万口あたり純資産)で割って口数を推定している。両ファンドとも2018年からあるが、ファンドが小さかった頃のデータを排除するために2020年から2023年までのデータを取っている。

 その結果、両ファンドとも見事に毎月3営業目の流入額が突出してきた。桁違いと言ってもよい。前回の記事でも取り上げた通り、1営業日目に個人投資家の買付けが入るとインデックス投信は1営業日目の海外市場引け近辺のタイミングで株式を購入し、2営業日目の朝(仲値=朝9:55頃)に外貨の買いを行う。仕組みまでは存じ上げないが投資信託の純資産が増えるのは3営業日目となる。4営業日目にも染み出しているのは、海外市場休みで3営業日目が日本カレンダーの4営業日目にズレたケースだろう。とにかく毎月1営業日目の買い(2営業日目の外貨買い)は他の日と比べて圧倒的である。日本株の方でも毎月1日は堅調というアノマリーがあるのも頷ける。
eMAXIS Slim Daily Subscription 2020-2024
 さて、2024年に入って新NISAが始まった後の資金フローはどうなったか。先ほどの分布に2024年に入ってからの分(水色)を付け加えた。2024年3営業日目(1月9日)はチャートの左上までぶっ飛んでおり、チャート全体のスケールが縮んだ。更に桁違いである。ざっくりこれまでの各月3営業日目の3倍から5倍も資金が流入したのである。興味深いことに、2024年1月の他の日の流入額も2023年までと比べて多少は大きいが、3倍や5倍になったわけではない。これは新規投資家率の高さとクレカ設定のお陰で「1営業日目買付け・3営業日目計上」への集中がこれまでより更に激化したことを示しているのではないか。もちろん、資金に余裕がある個人投資家が積立てに加えて年初1日目から一括で資金を突っ込んだ影響も相応にあると思われ、積立て分のみのインパクトを正確に測るには2月分まで待つ必要がある。資産価格のドリフト項が正と確信でき、年内のランダムウォークに精神的にも資金繰り的にも耐えられるなら、愚直に積み立てるよりも早めにエクスポージャーを取った方がリターンを獲れるという一派もいるのだろう。
USDJPY chart
 1月9日のeMAXISへの異様な資金流入を日経も記事にしているが、恐らく担当者が買付け~計上のサイクルを認識できていないため、なぜ9日かの説明は行われていない。8日のクレカ決済とは全く関係ない。2024年1月は4日が第1営業日なので1日に設定した人達の分の買付けが行われ、8日が日本休みなので9日に資金流入が計上される。外貨の買いは1月5日の仲値で行われたと思われる。ここまでは恐らく為替市場の参加者も計算できていたため、5日朝に向けてフライングで円安が進み、仲値近辺ではやや緊張感が走った。今後も、1営業日目買付けの規模を正確に測る作業は残っているが、この機械的なフローの存在は広く知れ渡っているため、毎月2営業日目朝に向けてフライングの円安が進みやすく、2営業日目の9時台になると円売りトレードから降りるか降りないかで神経質になる傾向が続くのではないか。何も考えずに機械的に積立てる投資家はそういった先回りプレイに少しずつ毟られやすいと思われるが、彼らがインデックス投資を信仰するということは当然効率的市場仮説を信仰するに違いないので、先回られても彼らの長期的なリターンには影響がなく、問題ないに違いない。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。