China AMC Nomura 513520
 中国で上場する日本株ETFの乱高下が話題になっている。日経平均指数は年末から年初にかけて連日上昇してきたが、その指数を追い越す形で中国上場の日本株ETFが更に高騰し、日経平均指数から離れて勝手に乱高下を繰り返した。年初来の日経平均指数の上げ幅は6%程度であったが、中国上場の日経平均ETFは度々のストップ高を経て一時年初来22%も上昇した。これではもはや日本株のチャートではない
Bloomberg AMC Nomura Nikkei 513520
 一般的にETFはファンド価値が原資産指数の値動きに連動するような原資産のバスケットを保有しており、一方で取引所では投資家の売買(需給)に基づいた価格が形成される。原資産の日本株はその間上昇はしたものの、極端には上昇していないので、直近の中国上場の日本株ETFの上げの大半は、ファンドが保有する原資産のフェアバリュー(1口当たり純資産価格、1口当たりNAV)対比の上海市場での需給由来のプレミアム拡大と解釈される。
AMC alarts
 1口当たりNAV対比でETF価格が一時10%近く割高に取引されたため、運用会社が売買の過熱を連日警告することになり17日朝には上海証券取引所により一時取引停止を命じられた。「日本株ETFが取引停止」などという紛らわしい、心臓に悪いヘッドラインが流れた。
premium on QDII ETFs
 話題の「523520 華夏(AMC)野村日経225ETF」は東証に上場するETF 「1321 野村のNEXT FUNDS 日経225連動型上場投信」を保有するだけのシンプルなETFである。この形の相互上場はまだ日中関係が比較的良好だった頃の2018年の日中首脳会談を機に設立された日中ETFコネクティビティを利用したものである。純資産残高は16日時点で6億5800万元(約130億円)となっており大きくはない。そのETFの16日の売買代金が47億元に達しており、平均して全てのETFが1日で7回トレードされたことになる。他にも何本か日本株ETFが中国で上場されているが、だいたい似たような形で過熱している。背景としては中国株がグローバルで明らかな一人負けが続く中、中国本土の投資家が中国以外の株式投資に殺到し、中でも堅調な日本株に注目したというところだろう。我々が簡単に米国株投資信託を買えるのと異なり、中国では国境を跨ぐ資本の移動が制限されているため、中国の投資家はQDIIなど限られたルートでしか海外資産にアクセスできない。その隔絶が金融市場の歪みを産んできた。

QDIIとは

CEICData QDII Approved Outstanding 
 「523520 華夏(AMC)野村日経225ETF」はQDIIの枠組みで国境を越えて日本株ETFを購入している。QDII(Qualified Domestic Institutional Investor、合格境内機構投資者)とは資本の完全なる自由移動が認められない中で、中国の機関投資家(や個人投資家)が中国当局の承認を受けて海外の金融市場に投資できる制度である。2023年末時点でQDII枠は1655億ドルである。業種別では銀行が270億ドル、証券や運用会社が906億ドル、保険会社が389億ドル、信託会社が90億ドルの枠を保有しており、その枠を用いて海外資産に投資したり、海外資産を裏付けとした運用商品を組成することができる。逆に海外投資家が承認を受けて中国国内の資産に投資する枠組みはQFII(Qualified Foreign Institutional Investors、合格境外機構投資者)という。中国国内の株式投資が長期的にも短期的にも報われてこなかった中、QDIIで組成された投資信託はいわば海外株式に投資できる特権であるので争奪戦になりやすい。これまでのQDII承認枠残高の推移を見ても、海外資産への投資家の需要が集まったからと言って一朝一夕でQDIIファンドの売り出しを増やせるわけではない。

ETFの価格形成

 ETFは運用会社が証券の束を詰め込んだ透明な箱を取引所に上場させたものであるが、それが取引所で自由に取引されながらも価格がほぼフェアバリュー(1口あたりNAV)近辺に保たれるのはどのような仕組みによるものか。もしETFが人気になりNAVよりも大幅に割高に取引されているとすれば証券会社は原資産の束をかき集めて運用会社に持ち込み、新たなETFを組成してもらって取引所で割高な価格で売却することができる(アービトラージ)。逆にETFが大幅に割安に放置されているなら、証券会社はETFを安く買い集めて運用会社に持ち込み、投資家として解約を要求して原資産の束を引き渡してもらうこともできる。ということにはなっているが、原資産の流動性が明らかに悪い場合はアービトラージも危険であり、非常に雑に言って原資産の広いbid offerの間でETFの新たな流動性の薄い相場が形成されることになる。これは2018年のハイイールド債ETFパンデミックの時の投資適格債ETFのケースで我々が学んできた通りである。

資本規制とETF

 今回のケースではどうか。QDII ETFの発行残高はQDIIの枠に制限されるため、新たに日本株(1321)を買い足してETFを追加発行することは容易ではない。QDIIのような枠組みと、取引所でのプライシングの正確性を追加発行で担保するETFという金融商品の相性は必ずしもよくないように思える。需要増に対応したETFの追加組成がタイムリーに行われないなら、どうしてもETFがほしい投資家はセカンダリー市場で原資産の値動きを無視しても限られたETF玉そのものを争奪するしかない。かつては中国上場のナスダック100 ETFが25%ものプレミアムまで買われたことがあるQDII ETFについた中国国内プレミアムは文学的には「資本の移動を制限された中国住民が日本株のエクスポージャーを取る権利の値段」と表現することができるが、そうは言っても日経平均が10%上昇する場面はそうそうないので、やはり払う価値があるプレミアムとは認められない。QFII ETFの方もかつては同様の問題を抱えており、日中ETFコネクティビティが出来る前、東証上場の中国株ETFも10%以上のディスカウントが年単位で続いたこともあった。今回のプレミアムは広がり方を見ても収斂に大して時間がかからないと思われる。収斂するまでに日本株指数が更に10%上昇するのもさすがにハードルが高いため、いま高値掴みしている投資家の損益がフェアバリューベースで水面上に出るのはかなり困難である。そういう意味で運用会社のAMCが発した「やみくもに投資すれば多額の損失を被る可能性」という警告は殊更日本株にベアでなくても正当である。もっとも相対的には、同期間に中国株に投資した場合ほどには多額の損失を被らずに済む可能性も残る。

中国上場ETFと日本株市場

 中国上場ETFがどんなに暴れようと、日本市場への影響は象徴的なものに限られる。中国上場ETFが日本株ETFを追加で買えないからこそプレミアムが付いているわけで、また投資家が中国上場ETFをショートしながら日本株指数を買って裁定するのも困難である。或いはそう思って実際にショートを試みた参加者が焼かれてこうなったのかもしれない。そもそも「523520 華夏(AMC)野村日経225ETF」は130億円程度の規模しかないため、たとえ裁定が行われようと日経平均に直接与えるマーケット・インパクトはゼロに等しい。「日経平均がここから10%上がった水準でも買いたい投資家が存在する」事実を深読みすべきではない。所詮、ETFを10%プレミアムで買うようなリテラシーの投資家の相場観である(もっとも日本株ETFにたどり着いた時点で、中国国内の投資家の中では相対的にはリテラシーが高いかもしれない)。他の多くの投資家がこのチャートを見て心を揺さぶられながら日本株をトレードしているという、テクニカルにも似た心理的な影響はあるかもしれない。それでもたかが130億円程度のETFに時価総額が900兆円に近い日本株市場が振り回されるのはナンセンスである

QDII ETFから読み取れるもの

 QDII ETFの投資家のセンチメントが、他のQDIIの枠を持っている中国の機関投資家のセンチメントの写像になっていると見ることはできる。12月に日本株ETFにプレミアムが付き始めたのと連動する形で、中国の機関投資家による日本株への実弾のエントリーも実際にあった可能性が高い。もっともそれも巨大なチャイナマネーが日本株を席捲するといったような雰囲気ではない。どちらかというと、倒された後のモンスターの触手がところ構わず暴れているのに近いのではないか。年末年初の日本株への中国絡みの資金流入には、中国勢からの資金流入に加え、他の海外機関投資家によるアジア株式というユニバースの中での中国株から日本株への資金シフトも一緒くたに話題になっており、後者の方が遥かに規模が大きいと思われる。
Nikkei 513520 Outstanding
 12月にQDII ETFの中国国内プレミアム拡大から中国勢の前向きなセンチメントを察知して日本株買いに先回りすることが結果的には正しかったにしても、それはQDII ETFプレミアムの今後の先見性を保証するものではない。つまり、QDII ETFプレミアムが縮小したからと言って日本株が売られやすくなるわけでもないし、拡大したままなら日本株の堅調さが続くわけでもない。中国系運用会社の最大手であるAMCが保有するQDII枠は66.8億ドルに固定されており、総額の追加は承認制なので簡単ではないが、それでも「523520 華夏(AMC)野村日経225ETF」の約70倍である。その枠内で少しずつ他の海外資産から日本株に移すことも可能なはずだ。実際、明らかに需要に追い付いていないものの、直近の純資産残高(AUM)の増加は値上がり分を除くとQDIIのリロケーションで実現されているのだろう。思考実験として仮に運用会社が突然日本株用にQDII枠を大幅に追加できた場合、QDII ETFプレミアムは剥落しやすい一方、日本株(1321)にはその時に初めて実弾の資金流入が入るはずだ。もっともその金額はせいぜい数十億円にすぎないため、指数に与えるマーケットインパクトはたかが知れている。最後に半ば迷信となるが、2015年のチャイナショック前の上海・香港株の狂い上げもそうだったように、中国の投資家がどこかの市場でエクストリームな値動きを作り出す時は、だいたい中国市場で碌でもないことが起きる前兆だと思っている。


これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。