中国経済については昨年厳しめの記事を連発してから力尽きていたが、この間に一度財政拡張の期待というものが盛り上がっていた。2023年10月24日に中国の全人代(国会みたいなもの)常務委員会は財政赤字の拡大を可決した。前回の記事では「確かに理論的には春の全人代会期以外でも2ヶ月に一回開かれる全人代常務委員会(次回は10/20 -24)で補正予算を組むことは可能であるが、ある程度の埋蔵金的な資金を使える可能性はあるものの、財政赤字拡大まで踏み込む可能性は高くない。2023年暮れにあえて財政拡張を行うとすれば、それは2023年の成長目標の5%達成が危うくなった時である。しかし、2023年はゼロコロナ政策からのリオープン効果があるのでさすがに5%成長は余裕である」とスケジュールまで調べてあったにもかかわらず、まさか本当に財政赤字が年末に引き上げられるとは思っていなかった。全人代が開かれる春まで待てずに年度途中に予算を修正した前例は2008年と、1990年代終盤のアジア金融危機など数回しかない。つまりグローバル金融危機やアジア金融危機と匹敵するほどの緊急事態にあるということだ。
2023年の駆け込み財政赤字目標拡大
財政赤字引上げ幅はGDP対比3%から3.8%と、なかなかに思い切ったものになった。金額にすると全国財政赤字が3兆8,800億元から4兆8,800億元とちょうど1兆元の引上げとなる。グローバル金融危機後に胡錦濤・温家宝政権が打ち出した巨大な財政出動は4兆元であり、あれから経済規模(GDP)が激増していることを考慮すると1兆元という規模は大きくない。しかし2008年の財政出動がどう見ても一回きりだったのと異なり、2023年の財政赤字幅が3%を突破できた影響は今後策定される2024年以降の財政赤字にも及ぶと思われた。パンデミックの2020~21年を除くと、財政赤字の3%というのは財政赤字幅の上限になってきた。ここからはアホらしい陰謀論であり、もし事実だったら一層アホらしいのだが、中国共産党は米国の「債務主導の資本主義」に反抗心を抱いており、自国の財政赤字幅を3%に厳しく制限しているのはEUのマーストリヒト条約の3%ルールを意識したものだったという説もある。という中で、3%を大きく突破できたのはレジーム・チェンジと言ってもよかった。例えばUBSは2024年の財政赤字GDP比を3.5~3.8%と予想した。1兆元の財政赤字拡大でも5年間続ければ5兆元となる。
1兆元の財政赤字拡大のファンディングは追加の国債発行で賄われる。うち5,000億元は2023年に使われ、残りの5,000億元は2024年に繰り越される。使うのは実質的に2024年度になるだろう。それなら2024年度に計上すればいいのではないかと思えるのだが、わざわざ2023年の暮れに打ち出したのは、それだけ不調な株式市場を下支えしたかったからだろう。もっとも株式市場はピクリとも反応せず、当局は株式市場のためにそれなりに気遣っているつもりなのに全く効かないことについて不思議に思ったはずだ。全体的に財政赤字を出し惜しむ方向性は変わらなかった。前回の記事でも「2023年はリオープン効果で5%を余裕で達成できることが、景気対策の出づらさの根源なのである」としていたのだが、年が明けて李強首相のダボス会議で「強い経済刺激策を講じず、長期にわたるリスクと引き換えに短期的な成長を得ることもしない」ままGDPの5%成長を達成したと誇らしげに述べたことから、そのロジックが生きていたことが分かる。
振り出しに戻る2024年財政赤字目標
3月になり全国人民代表大会が開かれるタイミングが近付くと、再びどのような財政刺激策、財政赤字拡大が打ち出されるかに期待が集まった。上記の経緯から事前に期待が集まるのは自然である。しかし実際に全人代が開幕すると、財政赤字目標はあっさり3%に戻された。もちろん2023年中に拡張された0.8%分を2024年は使えるし、2023年と同様に期中に全人代常務委員会で再拡大することもできるが、2023年末の財政拡大幅を評価する際に「1兆元の財政赤字拡大でも5年間続ければ5兆元」のようにデュレーションを掛けることは許されなくなる。この印象の悪さは、全人代という世界中が注目する場においても中国当局が投資家目線を全く意識していなかったことを示唆する。1991年から続いてきた首相の記者会見をことさら取りやめる宣言も同様である。それが出てきた時点で、投資家目線で碌なものが出て来るはずがないと覚悟すべきであった。
空疎なGDP成長目標
全人代では2024年の成長率目標は5%に設定された。2023年はリオープン込みで5.2%成長で着地しており、これリオープンがあったため疑念のない数字であるが、2024年にはリオープン効果がなくなる。5%という目標は強気さが足りないとの声もあったが、ではもしこれが5.2%や5.3%だったら中国株を買いたくなる市場参加者がいたとでも言うのか?
目標を達成する手段は財政赤字の拡大しかない。広く期待されていた「3.8%に近い3%台」から財政赤字目標が3.0%に戻された以上、リオープン効果抜きの5%成長目標は非常にハードルが高く、達成できる可能性は考慮しなくてよい。個人的には4%成長すらできないことに対して相当の自信を持っている。何なら3.5%を超えられることにすらベットしたくない。2022年分に対して行われたように、後から2023年のGDP実績値を下方修正することでテクニカルに成長率をよく見せることは可能であるが意味のない行為である。2000年代以来人工衛星の監視下に置かれ、様々なオルタナティブデータの検証に耐えてきた中国のGDPデータは捏造や水増しがほとんどなかったと見てよい。その上で、もし2024年3%の財政赤字で5%成長を達成できたとすればそれは初めての捏造例になるだろう。それほどまでに5%成長目標は遠く、達成はあり得ないのである。IMFは昨年末の中国の財政拡張を受けて2024年の中国の成長率を4.2%から4.6%に引き上げたが、本来IMFも4.2%に巻き戻すべきである。
本ブログがこれだけ強く5%未達を年初早々から断言する根拠は、中央政府が財政赤字を拡大させない限り、中国の財政政策はどうしてもプロシクリカルにならざるを得ないためである。ランドセールの停止に伴い地方政府が強烈な緊縮財政にシフトせざるを得ない。プロシクリカルな財政政策というものをあまり体験したことがない、資本主義社会に生きる我々は目を慣らさないといけない。現に中央政府は債務問題が深刻な地方政府に対してインフラ事業停止を命令した。教師に加え、地方公務員の給与の未払いも始まっている。今後、国防予算は優先的に確保されるとして、ファンディングを究極的には財政に依存しつつ、政治力という意味で周縁部に位置する類いの公的部門は予算削減に見舞われるだろう。具体的には宇宙開発を含む基礎研究機関、小中高大の全ての教育機関、公共交通機関などが挙げられる。既に千万単位の失業者を抱える中で更に公的・外郭団体の雇用削減がのしかかって来るのである。
それと比べて多少のサイクルの揺れ、たとえば春節中の旅行人数が戻った戻っていないなどいう議論はあまりにもどうでもいいではないか。中央政府が財政赤字を出さないと何もできないのが明白なのに、財政赤字目標の重みを理解せず、代わりに恐らく会場の代表(議員)達も意味のないゴミだと思っている決意表明の抽象的な長文を大真面目に調査、羅列しているようでは市場参加者として本気で危機感を持った方がよい。
超長期特別国債の増発だけは市場参加者の予想を超える規模だったが、これは債務危機が燻る地方政府の代わりに中央政府が借り始めているだけである。もちろん方向性は正しい。最終的には地方、民間部門の負債は全て中央政府に移転されるべきであり、それをやってはじめて「日本化」の議論を始めることができる。そうしなければ、バブル崩壊後の日本において、もし金融緩和と財政出動さえも行わなかった場合、どれだけ激しく顔面着地していたかの社会実験でしかない。本ブログは習近平政権下の中国経済をブレジネフ時代末期のソ連化と表現してきた。日本化など100年早いのである。
要約
・中国の全人代で定められた2024年の財政赤字目標3.0%はサプライズに緊縮的・従って5.0%のGDP成長目標の達成は論外であり、引続きデフレ不況が続く可能性が高い
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