BTFPの終了

FRED BTFP and Bank Reserve
 前回の記事でもセットで取り上げたBTFPとRRPについてのアップデートと訂正。BTFPについてはなくなる直前まで本ブログの理解は不完全であった。1/24、ついにオフィシャルにBTFPが3/11付けで終了することが発表された前回の記事ではBTFPが「どう見ても異例で緊急でなくなっており、べき論としては恐らくなくすべき」でとしつつも、Fedに本当にプログラムを終了させる決断ができるか懐疑的であったが、珍しく「べき論」がすんなりと実現した形となる。BTFPが不要不急に借りてはより高い短期金利で運用するアービトラージャーにフリーライドされていることは前回の記事でも取り上げたが、そうではなく本当にファンディングをBTFPに依存している地銀はどうなるのか。プログラム終了に先立って「従来のディスカウント・ウィンドウへの回帰」を示唆する記事が出ており、またBTFP終了のアナウンスでもそう促している。3/11以降、新たにBTFPを借りることはできなくなるため、昨年以降に借りたBTFPの返済資金は、自力で用意できないならFedのディスカウント・ウィンドウに再び駆け込んで借りることになる。ただそれが起きるのは借りた時点から1年経った後であり、借りた資金について3/11に一括返済を迫られるわけではない。

 ということはBTFPがなくなると困る銀行もプログラム終了間際に新たにBTFPを借り、3/11以降に満1年になった旧いBTFPを返済すれば、時間差を付けてBTFPをもう1年ロールできたことになる。新BTFPを借りてから旧BTFPを返すまで二倍の残高を積むことになるが、どうせ金利は安いので問題ない。不要不急のアービトラージャーの方の都合も同様であり、BTFPの終了間際に駆け込みで借りる動きが更に加速する可能性も高かった。その場合FedのBSはBTFPと準備預金の両建てでまた一時的に膨らみ、流動性の過剰感が強まることになる。現に2023年末にかけてその傾向は見られ始めた。

 それを封じるためにFedはBTFP終了の公表と同時に、3/11の終了日にかけての残り期間の新たな貸出の金利についても準備預金付利以上まで直ちに引き上げると宣言した。同時に二つも「引締め」アナウンスを行ったことは、Fedがアービトラージャーに対して厳しく怒っているとの印象を与えた。もっともこれは日銀のYCCの撤廃と同様で、普通に考えて裁定可能な状態の終了タイミングを予めアナウンスするわけにはいかない(アナウンスしたら更に駆け込みアービトラージャーが殺到する)が故であり、それ以上でも以下でもない。冒頭のチャートでも分かるように、1/24以降、BTFP残高と準備預金の両建ての伸びはピタリと止まった。もし1/24から3/11の間の期間にかけて再び駆け込みが殺到した場合は本当に一部の地銀の間で流動性が逼迫しており、なくなると困る象徴となるだろうが、現にレートが引き上げられた途端に伸びが止まったのは、2023年末に増えた50bnの借り手は不要不急のアービトラージャーばかりだったことを示唆する。3/11以降の地銀の困り具合はディスカウント・ウィンドウの増え方から観測することになる。

 裁定(アービトラージ)についてもう少し詳細に立ち入る。BTFPは確かに1年ものを4.8%台で借りられるため、借りて5.4%の準備預金に積むだけでも無リスクの裁定になるが、単純に5.4%から4.8%台を引くと50bp強残ったから裁定と呼べるというわけではない。準備預金付利より低い(インバートしている)とはいえ、1年OISの水準もマーケットによってフェアに決定されている。今後1年のうちに確実に利下げが行われ、確実に準備預金付利も低下していくので、1年間みっちり借り続けた場合は後半に逆ザヤになり、裁定が成り立たない。BTFP借入れが裁定として成り立つのはあくまでも、借り手に期限前返済のオプショナリティがあるためである。借り手は1年OIS +10bpで借り入れた後、ペナルティなしで期限前返済することができる。とりあえず借りた後、利下げが進んだ後に返せば、比較的長いタームの金利を指標に使いながら短く借りることができることになる。これが前回の記事でも触れた、「利下げ織込みがQEを誘発する効果を持つ」正確な背景である。逆に今から数えて75bpの利下げが進んだ後は、2023年10~12月に借りた不要不急の50bnの期限前返済(流動性吸収)が見られるだろう。
FRED SP500 and liquidity
 BTFPの駆け込みが阻止されたことで、パブロフの犬が重視するFed BSの民間部分(総資産 - RRP - TGA)が、BTFPと準備預金の両建てで3月を前にパッシブに膨らむ可能性は薄れた。Fed BSの民間部分を準備預金に置き換えても同様である。流動性の視点だけから見ると、S&P 500の一層のバブル化の可能性というのが潜在的に一旦あったのが、未然に阻止されたことになる。量で言うとBTFPの残高は高々160bnでありQT 2ヶ月分の規模でしかないが、無リスク市場の中の出来事でしかないQTと、クレジットを供給する銀行部門のファンディングを支えているBTFPとでは、同じ金額でもインパクトが異なる。今後のBTFP残高は2025年3月までには全額消滅するためその分だけ引締め的な効果を持つものの、ファンディングをFedに依存する地銀はBTFPからディスカウント・ウィンドウにシフトすると思われ、その引っ越しはFed BSに対して中立であるため、BTFPの強制終了がFed BSに与える影響はアービトラージャーの駆逐に限られる。

結局RRPはQT減速に結び付けられる

FRED RRP Outstanding and Reserve Balance
 次にRRP。こちらの残高が急速に減りつつある構図は年が変わっても続いており、既に全盛期の1/4にあたる550bnまで減っている。今のペースを維持すると5月あたりにはRRPがゼロになる可能性が高い。前回の記事の解説を借りると「単純計算では来年春にはRRPが枯渇し、QTが恐らく初めて本格的に証券市場に効いてくる」ことになる。RRPが枯渇するとT-Billを発行するたびに(これまでT-Billを買うお金をRRPで捻出してきた)MMF以外の主体からドル資金を吸い上げることになるため、銀行の準備預金は理論的には減り始める。それを恐れてRRP枯渇のタイミングでのQT減速を唱える声が上がりはじめ、本ブログなどはそれを「甘え」としてきたのだが、結局FedもQT減速をスコープに入れ始めた。

 FedがRRP残高の減少をQTのスローダウンに最初に結び付けたのは12月FOMCであり、その議論を議事要旨で確認することができる。T-Billへの移行に伴うRRP残高の著しい減少を確認した後、数人の参加者が「銀行の準備預金が十分と目される水準より更に上の水準にいる間からQT減速を始めるべきであり、更にQT減速を決める前から公衆への予告も兼ねて減速プランにまつわるテクニカルなパラメタを詰め始めるべき」と述べている。議事要旨が公開される前の1/7にダラス連銀のローガン総裁が講演でQT減速の議論の説明を行った「私の見解では、RRP残高が低水準に近づく中で我々はランオフのペースを落とす必要がある」BS正常化(QT)の減速は(何らかの流動性事故を起こすことで)早期に頓挫する可能性を引下げることで長期的には好ましいBSの構築に資するという論理であった。ローガン総裁は今こそ投票権もないが、現職に就くまでSOMA(Fed BSそのもの)の実運営を取り仕切るポートフォリオマネージャーであり、前職時代は一度提案したらその辺の連銀総裁の反論を許さなかった。更に1/16にウォラー理事の発言が続いた。曰く、「今年のどこかでランオフ減速について考え始めるのは適切であり、減速は主にMBSではなく米国債の方で行われるべき」「QT着地点における準備預金の額はGDPの10~11%程度になるだろう」とのことである。1月FOMCの記者会見でもパウエル議長はQT減速について「ディスカッションは始まっており、3月会合でもっと立ち入った議論を行うだろう」と述べている。

 米国の2023年名目GDPは27.36兆ドルであるので、その10~11%と言えば2.7~3.0兆ドルになる。2024年に名目GDPが実質2% +デフレーター3%の5%伸びるとすれば適切な準備預金水準は2.85~3.15兆ドルのレンジまで切り上がる。これは前回の記事が取り上げたウォール街の観測、2.5兆ドルより更に膨れ上がっている。2019年の米国の名目GDPは21.43兆ドルであり、レポ・ショックが起きたのは準備預金が1.5兆ドルに近付いた時と分かっている。1.5兆ドルは21.43兆ドルの7%にしか相当しないが、なぜ適切な準備預金のGDP比が2019年当時の7%からその1.5倍まで引き上げられたかは判然としない。それだけ脆弱な地銀が増えているためか。
FRED Fed BS and RRP +Reserve
 準備預金は今でも3.5兆ドル程度なので、仮にRRPが枯渇した後に準備預金がQTと同じペース(95bn /月)だけ減り始めるとすれば5ヶ月程度で、つまり2024年末までには「適切な水準」に到達する。準備預金(青)とFed BS(黄緑)の推移の関係性が今一つ線形でないのは、途中で銀行預金からMMFへの資金移動、更にMMFの中でRRPへの沈殿が見られたためであり、準備預金とRRPを合計した資金額(緑)はFed BSとよく連動する。RRPがゼロになるとして準備預金が3兆ドルに達するまでの距離は1.5兆ドルである。ということはFed BSもだいたい6兆ドルで着地すると思われる。次の金融緩和局面では6兆ドルを起点として再び膨らみ始めることになる。

 12月FOMC以降にFed関係者が開示し始めたBSプランは昨年本ブログが想像していたものより遥かに緩和的な未来図であり、ルーズな金融政策である。元よりRRPは2021年6月にQEであまりにも余りすぎた資金を不胎化するために行われたものであり、QEがテーパリングを経てクライマックスに達するまでの部分をオフセットしていたにすぎない。従ってRRP残高はないのが普通であり、あるのが異例なのである。そのRRPが枯渇した程度でQT減速を始めるなら、結局2021年の過剰なQEのクライマックス部分だけが巻き戻ったにすぎない。そのクライマックス部分さえもRRPにオフセットされていたのだから、体感的には、要するにQTというものは一切存在しなかったことになるのではないか。これほど大掛かりで永久的なBS拡大がまかり通ることに対して憤りを禁じ得ないところである。これでは本来いとも簡単に退治できるようなインフレが長引いても自業自得だ。べき論で言うと政策金利の低下を許しながらでもQTの継続を優先すべきである。

 まとめると流動性のみの観点からは、BTFPの借り換えに際してのファンディングの混乱に見舞われる可能性も、駆け込みバブルの可能性も封じられた一方、前回の記事で提起したRRP枯渇後のQT本格化懸念も、Fedが先手を打ってQT減速を打ち出したため、対策されてしまった形となる。とはいえ減速したQTもQTであるので、RRPが枯渇した後、流動性の観点のみからは、それでも2023年よりはQTを体感することができるだろう。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。