12月の政策決定会合で壮大な空振りを演出した日銀の金融政策のその後について。植田日銀がマイナス金利政策の早期撤廃期待をにべもなく否定した後、年末にかけて米金利が更に大きく低下するなど外部環境も怪しくなり、年が明けるとすぐ能登半島地震が続き、1月会合の展望レポートで2024年物価見通しを引下げる観測まで出て来ており、いよいよマイナス金利政策撤廃も覚束なくなった。しかし1月会合は12月会合とまたまたガラッと雰囲気が変わった。
12月のチャレンジング・ショックでチャレンジングがどうマイナス金利撤廃を意味するのか全く付いていけなかったのと同様、1月会合が具体的にどのようにタカ的だったかも個人的にはよく分かっていない。1月会合の展望レポートが
「消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップがプラスに転じ、中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まるもとで、見通し期間終盤にかけて物価安定の目標に向けて徐々に高まっていくと考えられる。先行きの不確実性はなお高いものの、こうした見通しが実現する確度は、引き続き、少しずつ高まっている」
と触れているため政策変更が近くなったとも解説されたが、前回2023年10月の展望レポートの
「消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップがプラスに転じ、中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まるもとで、見通し期間終盤にかけて物価安定の目標に向けて徐々に高まっていくと考えられる」
と比べて何がどうガラッと変わったのか、感じることが全くできない。しかしとにかく、何やら物価上昇が進捗した雰囲気であったことは間違いない。植田総裁の記者会見の雰囲気はもっと分かりやすく、記者陣が引締めない理由を問い詰めては跳ね付けられる12月会合と真逆になった。記者陣が(選挙、地震、中小企業の賃上げ体力、米国利下げサイクル入り等の)懸念点を質問し、それに対して植田総裁がそれぞれに対して無視して差し支えないと答える場面が目立ったのである。本ブログが唱えてきた「政策変更に期待できるのは展望レポート発表がある会合」説まで、「展望レポートがない回でも政策変更はあり得るということです」と否定されてしまっている。植田日銀が手にした自由度は誰にも抑圧できないものになってきた。
特に賃金については、2%の物価目標が「賃金が主導する物価上昇」にすり替わって以来、金融引締めを行わない理由として、いかようにも使えるものになっていたし、真面目に賃金上昇を確認してから金融政策を変更するとなれば気が遠くなるほど遅くなるに決まっている。しかし、1月会合の植田総裁はこれらの全てをすっ飛ばしにかかった。「全ての中小企業の賃金がみんなそこそこ上がらないと金融政策の判断ができないかというと、それはそうではなくて 」「必ずしも賃金そのものをみなくても、いろいろな他の経済の動きから中小企業の賃金がどうなりそうかということを類推できたり、あるいはヒアリング情報等も入手可能」と最も遅れそうな中小企業の賃金上昇の確認をスキップする論理を持ち込んだ。
「少しずつ高まっている」が政策変更が近いメッセージに当たるかどうか、3月会合でも判断材料が揃うかどうか、といった質問にも植田総裁は否定的に答えなかった。「3月よりも4月の方が情報が増える」のは当然として「3月の決定会合の時点である程度賃金に関する情報は得られる」と述べたのは、12月会合で1月会合について「新しいデータはある程度入ってきますが、そんなに多くない」としていたのと対照的である。総じて4月は当然として3月会合でのマイナス金利政策撤廃もライブであるとの印象を与えることになった。12月会合の後、一時的に遠ざかっていた早期のマイナス金利政策撤廃期待が再び戻ってきた、それもより確定的になって戻ってきたのである。1/31に発表された主な意見も「正常化が可能になってきた」一色となった。
本ブログにとり12月と1月の、非展望レポート会合と展望レポート会合の間の植田日銀の豹変はもはや見飽きたものであり、差し迫っているかどうかは別として遠からずマイナス金利政策スタンス再変更が見られるだろうことは前回の記事で十分想定できた。改めて前回の記事で既に述べた見方を振り返ってみよう。パーフェクトである。
「3, 6, 9, 12月会合では展望レポートが出ないので、何か重大な方針転換を打ち出そうにも"前回会合と何が変わったのか"と説明しづらいのである。今年6月も9月も"何かがある"と期待した勢を煙に巻いて追い払った後に、7月と10月に展望レポートと共に金融政策を調整してきた。これはもはや様式美になりつつあるのだが、なぜかそれでも非展望レポート月の直前の方が毎回、期待が高まりがちであった」
「"植田総裁はフィッシャーの弟子なのでフォワードガイダンスを重視しており、金融政策修正があれば十分な先出しを行うだろう"という印象も、我々の演繹先行が産んだ先入観にすぎない可能性を意識する必要があるかもしれない」
「Fed pivotの前に焦って政策変更しておくという発想はない、特にFedの利下げが供給制約の解消によるソフトランディングに伴う調整利下げにすぎないとすれば、日銀はそれを気にせずに利上げを継続できると解釈することが可能だろう。不動産危機で大幅利下げに追い込まれた2007年のケースとは違うのである。である以上、先ほどの"日銀はFed pivotに間に合わせるためマイナス金利政策撤廃を前倒しする、間に合わなければ永久にウィンドウが閉まる"という論理は否定できるだろう。不適切である」
「12月の据え置きだけでなく、1月会合でのマイナス金利政策撤廃についての予告もゼロだったと言える。それでも、例えば1月予告・4月撤廃のパターンがまだ消えたわけではないし、さすがに引締めサイクルという大きな流れの中にあることまで会見が否定したわけではない。市場参加者が勝手に利上げ前倒し説を盛り上げ、そして勝手に今から頓挫すると決め付けているだけである」
「0.5%以上への利上げがなくなったと唱える本ブログでも、マイナス金利政策撤廃自体への確信が揺らがないのは、マイナス金利政策もYCCと同様の"非常時の非伝統的な金融政策"であり、その撤廃がプラス域の利上げより遥かにハードルが低いためである」
内田副総裁講演
これまでマイナス金利政策の早期撤廃にさえ自信を持てなかった市場参加者は再び極端から極端に振れ、一気に2024年内の次の利上げまで議論するようになった。しかし植田総裁もマイナス金利政策の撤廃後についても「大きな不連続性が発生するような政策運営は避けられる」としており、つまりマイナス金利政策を撤廃したからと言って、それが急激な国債金利上昇の容認を意味するわけではないということである。植田日銀が完全な自由度を入手しているのが分かっている今、「マイナス金利政策撤廃さえもおぼつかない」と「連続利上げに追い込まれる」の間で不連続的に揺れる可能性は想定しなくてよい。不連続的なのはあくまでも市場参加者の見方の方なのである。
2/8に内田副総裁が講演で1月会合の解説とマイナス金利政策撤廃後についての説明を行った。半年前のYCC修正直前のインタビューでも述べたようにマイナス金利政策撤廃時の利上げ幅は10bpとなる。肝心なマイナス金利政策撤廃後については「その後にどんどん利上げをしていくようなパスは考えにくく、緩和的な金融環境を維持していくことになると思います」と述べたのが市場の反応を呼んだ。これは「(マイナス金利政策の扱いは)主として短期金融市場の機能をどう維持するかという論点です。 経済との関係でより重要なのは、その後の短期金利のパスです」という、いわば(副作用も認められる)マイナス金利政策を特別扱いするロジックに従うものである。マイナス金利政策特殊論については前回の記事でも「0.5%以上への利上げがなくなったと唱える本ブログでも、マイナス金利政策撤廃自体への確信が揺らがないのは、マイナス金利政策もYCCと同様の"非常時の非伝統的な金融政策"であり、その撤廃がプラス域の利上げより遥かにハードルが低いためである」と述べた考え方そのものである。特殊でなかったらそもそもマイナス金利政策撤廃にすんなりと駆け込むことさえ難しいのである。
その上でもっと高い政策金利を示唆するテイラールールや、「2%の物価目標を達成して引締めるのだから名目金利は2%まで上昇するのではないか」説を時間を割いて否定している。マイナス金利政策撤廃後に国債金利が不連続的に急上昇しないようにする方針は1月会合で植田総裁も説明した通りである。また本ブログが前回の記事で説明した通りでもあり、何ら驚くべき点はない。奇しくも前回の記事で日本の中立金利の議論も行っている。総じてYCCの早期撤廃からマイナス金利政策の早期撤廃を推し続けるのと同時に、プラス域での急速な利上げパスを否定してきた本ブログの主張にようやく世間が付いてきたわけである。
「かなり長期にわたって日銀の政策金利が0.5%を上回ることがない世界を真顔で想定する必要がある。"日銀がこれから利上げサイクルに入るのだから長期金利は1%、2%とどんどん上昇する"といったナイーブな懸念はかなり長期にわたって不要になりつつある」
「"金融政策の多角的レビュー"に関する第1回ワークショップで日銀企画局が日米の自然利子率のチャートを作成しており、そこでは米国は直近で短期的に上昇していると認めているが、日本については依然過半数のモデルでマイナスになっており、将来コアCPIが物価目標の2%近辺で継続する場合でも政策金利は1%台で均衡し、未達に戻るなら"中立金利?何それ"で終わるだろう」
これらの議論から導かれた、日本の長期金利は1%を大幅に超えるのが難しい一方、0.5%を下回ることもないという本ブログの一貫した水準感は依然健在である。0.5%近くで国債を買い上げた市場参加者の行動は謎だった。従って為替市場もレンジ気味かつ米金利の都合で動く構図に戻っているのだが、ドル円が150円台に再び載せたところで今後どれだけ日銀の「為替介入としての金融政策」が追加されるか、というところである。Fedの利下げがソフトランディングを意味するものである限り、日銀が同時に利上げしても問題ない。昨年9月から本ブログも取り上げたナイーブな「2%物価目標達成なのだから2%にジャンプ」論の否定は一度通る必要があるとして、プラス域での「多少の」利上げは否定されていないだろう。
ETF買入れプログラムの終了に向けて
大山鳴動して鼠一匹と言わんばかりにほとんど荒れる要素がない金利政策より、しれっと投げ込まれている重要な政策変更の議論はむしろ株式・JREITのETF買入れの終了ではないか。植田総裁の記者会見では「足元、ETFについてはほとんど購入していないわけですけれども、枠組みとしては大規模な緩和の一環として実施しているということがあります。従って、これを考え直すタイミング、すなわち 2%の物価目標の達成が見通せる状況になった時点で、この枠組みを維持することが適切かどうか、買っちゃったものを売るという話ではないですけれども、引き続き買うかどうかという部分について検討するということは、行うことになるかなと思います。その結果、やめるかどうかはその時点の情勢次第ということだと思います」
とETF買入れプログラムに既にだいぶ後ろ向きになっているが、特に「買っちゃった」という表現が失笑を呼んだ。ETF買入れの終了論は内田副総裁の講演でも
「日本銀行は、大規模緩和の一環として、ETFとJ-REITの買入れを行っていますが、2%目標の持続的・安定的な実現が見通せるようになり、大規模緩和を修正する時には、この買入れもやめるのが自然です。この点、3年前の21年3月には、買入れの方針を転換し、市場が不安定化した時にメリハリをつけて買い入れることとしましたが、それ以降、買入れ金額は小さくなり、昨年は、ETFは2100億円、J-REITはゼロでした。仮に終了して、市場の価格形成に完全に委ねることとしても、市況等への影響は大きくないと思います。もとより、すでに保有している残高の扱いは別の問題です。非常に大きな規模ですので、時間をかけて検討していく必要があると思っています」
と触れられている。今のところTOPIXが好調で日銀の買支えの出番はほとんどなくなっているのでどうでもよいが、物価目標達成を確認できた後、次の株安局面では日銀によるスムージングは消えている可能性が高いということである。もっとも既に持っているETFの売却まではまだ議論が進んでいない。ETFポートフォリオから得られる配当収入は、利上げ進行と共に国債ポートフォリオが逆ザヤになっていく可能性が高い中で貴重なインカム収入である。前場に下げた局面でのみ積み立てるというシンプルなルールは株式市場で大規模なモラルハザードに由来するバブルを招いて来なかったし、日銀自身も最後に自身の買入れに依存しない形での株高局面を迎えることができたので、ETF購入プログラムは大成功だったと評価できるだろう。
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