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 パンデミック後の中国経済の不確実性の捉え方は極めて難しい課題になっている。チャイナショックの時と違って、中国がデフレーションに転落したという事象は先進諸国にマクロなインパクトをほとんどもたらさなかった。中国からのデフレ輸出や不況輸出も目立って観測されておらず、先進諸国の経済を分析する際にどのように中国ストーリーを添加すればいいのか手探りになっている。本ブログなどは「影響は非連続的に発現するだろう」と言葉を弄しているが、とにかく「中国は案外デフレを輸出しない」は2023年後半以降のマクロ予想の精度を問う試験の中で重要な設問だったに違いない。

 中国経済の動きが先進諸国に与える影響について何かオーソライズされた見方はないものか。NY Fedの調査部門のエコノミスト達が執筆しているブログ"Liberty Street Economics"が中国経済の予想外の回復とクラッシュが2年程度のスパンで米国経済に与える影響をそれぞれ分析した2本の記事を相次いで掲載しているので、本記事でそれらの要約を並べてみることとする。

(1) 中国の製造業セクターが急回復したら?

 中国の不動産部門の低迷は深刻であるが、政策立案者は不動産市場を支える代わりに、製造業を活発化させる政策を打ち出している。生産重視の成長策への転換は中国経済を家計の需要の低さ、高い債務水準、人口動態、更に政治的な逆風を含む現在の低迷から引っ張り出すかもしれない。この記事では、もし銀行等の信用供給が製造業のブームを予想以上に吹かすシナリオでは、米国のインフレに明確な上方圧力をかけると結論付けている。

Liberty Street Economics China Rotation in Credit Allocation
 中国の政策変化はここ数年の銀行の信用供給の動向に明らかに現れている。銀行全体の貸出し成長(青)は比較的安定しているが、中身は不動産部門から製造業部門に振り向けられている。公開された約50の銀行(総融資の約2/3を占める)の四半期報告書の分析によると、過去18か月間に製造業向けの融資が顕著に増加した。2023年の製造業向け新規融資は総融資の1/3を占めた可能性がある。一方、不動産関連活動の新規融資の成長はほぼゼロに落ち込んだ。電気自動車、リチウムイオン電池、太陽光パネル、半導体などの高技術製造業への補助金に加えて融資の再配分まで行われていたのである。これは中国の産業政策に対する公式の表述の著しい変化と一致している。

 ブログは製造業部門への国家主導の信用支援が中国の短期的経済運命を復活させ、生産重視の成長期を生み出すシナリオの影響を考察する。アップサイド・シナリオでは中国のGDP成長率は今後2年間で6%まで加速し、IMF予想(2024年4.6%、2025年4.0%)を遥かに上回る。しかし製造業主導の高成長は中期的に持続不可能であり、ブログはこのシナリオを「シュガーハイ(糖分取りすぎによる興奮状態)」と呼ぶ。影の金融も含む広範な信用供給を捉える社会融資総額(TSF)を元に地方政府の債券償還、株式発行、融資の債権放棄、中央政府の債券発行などを考慮して調整した数字を用いクレジット・インパルス(GDPに対する新規クレジットフロー)を算出する。信用供給がGDPをブーストする関係性を前提にすると、シュガーハイ・パスを生み出すには総クレジット伸び率を直近の9.5%から12%に引き上がる必要があり、これはクレジット・インパルスを7.5%成長させる。もちろん、シュガーハイ・シナリオは当局が不動産部門を安定させることに成功することを前提としているLiverty Street Economics China Sugar High

 ブログは更にシュガーハイ・シナリオの(IMFシナリオ対比での)米国経済への影響をベイジアンVARモデルで試算する。重要なのはIMFのベースシナリオがすでにかなり楽観的な見通しを想定しているということだ。ブログのVAR推定によればIMFペースの成長を生み出すには信用インパルスを2023年の水準から2.5%増やす必要がある。ブログの試算によるとアップサイドシナリオは米国に対して2年間にわたり継続的にインフレ圧力をもたらす。中国はグローバル製造業付加価値の約30%を占めており、中間財のシェアはさらに大きい。中国の需要の増加は米国の輸出の増加と、コモディティと中間財価格の大きな上昇圧力をもたらす。また国際貿易の新たな制限がない限り、中国の輸出は持続的かつ大幅に増加し、グローバルな貿易量の増加に寄与するが、コモディティ価格上昇と世界貿易量の増加は米ドルの下落を伴いやすい。商品価格と中間財価格の上昇及び米ドルの下落は米国のPPI、更にPCEの上昇に繋がる。シュガーハイ・シナリオではIMFシナリオより米国のPCEは持続的に0.5%高い水準となり、中国の製造業主導の拡大が米国のディスインフレーションに繋がるという一般的な考え方(俗に言うデフレ輸出)とは対照的である。確かに中国の供給増加は財価格を下げる傾向があるが、同時に中国の生産増加はグローバルな商品市場と広範な製造業供給チェーンに圧力を及ぼすものであり、ヒストリカルには上向き圧力が優位である。米国の実質GDP成長にはポジティブだが物価よりも早く消えてしまう。
Liverty Street Economics China Large and in Charge

 製造業への政策支援の強化は中国経済の長期的な成長には繋がりづらい。中国は既に十分に製造業偏重の経済体だからである。GDPに占める製造業の割合は28%であり、これは世界各国の中で95パーセンタイルを超える水準である。
NYTimes Manufacturing Trade Balance vs world GDP
 更に国の規模もあってグローバルな製造業エコシステムにおける非常に大きな存在感、具体的にはグローバル製造業の約30%、輸出の約20%を中国の製造業が占める。更に中国当局がこだわる完全な製造業エコシステムの維持は、中国が比較優位を享受しなくなった低収益で労働集約型の産業を補助することを意味し、それは低収益と新らたな不良債権サイクルをもたらす可能性がある。中国の製造業貿易黒字は現在1.6兆ドルでありGDPの10%以上を占める。中国が海外に過剰生産能力をダンピングしているとの苦情は、2000年代の鉄鋼から最近の太陽光パネル、自動車、リチウム電池へと続いており、中国の製造業貿易黒字の増加は相手国の保護貿易を一層加速させる可能性がある。シュガーハイ・シナリオでは新たな制約がないと想定しているが、実際には貿易相手国が中国製品を吸収する意欲によって影響される。

(2) 中国が不動産危機に陥るなら?


Liverty Street Economics China Debt Levels

 次の記事では反対に、中国の不動産部門の不況がさらに悪化し、ハードランディングと金融危機を引き起こすダウンサイド・シナリオの米国への影響を考察する。悲観シナリオは中国当局の政策空間が深刻なリセッションを防止するのに不十分だった場合であるが、ブログはコンセンサス通りに中国当局は経済と金融のリスクを管理する余地を維持していると考え、この悲観シナリオは先ほどの上方シナリオよりも実現可能性が低いと考える。中国の経済対策ツールキットとして当局は金融政策、信用政策、中央政府の財政政策を利用することができる。中国政府は金融および非金融部門を直接および間接的に管理しており、更に経常収支の黒字、膨大な外貨準備、および資本規制によって国内経済は外部ショックから保護されている。しかし増加し続ける債務は政策空間をますます狭めている。非金融部門の債務対GDP比率は2023年に再び急増し、現在300%を超えている。国際的な経験では急速な債務の蓄積はしばしば金融危機や景気後退の長期化の前兆となる。
Liverty Street Economics China Property Sector
 ダウンサイド・シナリオの主要な要因は不動産市場での更なるストレスである。2020年末以来、新規不動産の着工は2/3、販売は1/3減少した。政府の不動産部門引締め策により2022年末までデベロッパーへの融資はほぼ完全に停止し、その後控えめなネット新規融資が再開されたにすぎない。一方2021年にピークを迎えた建設プロジェクトの活動は13%しか減少しておらず、国有または国に支援されたデベロッパーが未完成プロジェクトの作業を続けている(これは以前の記事でも取り上げた通り、「保交房(住宅引渡し最優先)」の掛け声の下で企業が脳死していても工事だけはゾンビのように続けさせられているため)。これらのデベロッパーにも圧力が及ぶと一段と建設活動は落ち込むだろう。不動産不況に入る前、不動産関連の活動は中国のGDPの約1/4を占め、今でも国際対比で大きなシェアを占める。不動産関連のクレジットは依然として総債務残高の約1/4を占める。更に不動産は家計資産の約2/3を占めているため、不動産不況に家計や企業の信頼感の著しい喪失が伴ったのも驚きではない。

 不動産部門でのストレスは地方政府の財政引き締めを増幅させる。中国の政治及び経済システムの独自の特徴は逆効果となる。地方政府は伝統的に土地売却から多額の収入を得てきたが、地価が下落する環境ではこの収入源が枯渇する。その結果、財政圧力は地方政府がデベロッパーや製造業をはじめとする他の地元企業を支援する能力を毀損させる。(本ブログは一年近く前から不動産引締めが招くランドセールの低迷は地方政府の財政引締めに繋がると述べてきた。これは極論ではなくNY Fedも共有する常識であることを再確認すべきである)
Liverty Street Economics China Property Crash
 不動産崩壊シナリオでは中国のGDP成長率が2024年にゼロに低下し、その後、約2%の緩やかな回復が続く。このダウンサイド・シナリオが米国経済に与える影響を再びベイジアンVARモデルで定量化を試みた。この演習から中国のハードランディングが米国の成長と貿易を弱体化させ、米国のインフレ率を低下させる可能性を示唆する。崩壊後の最初の四半期で最も大きな影響が発生しし、実質GDP成長率は最大でベースラインから2ポイント下落し、輸出量はベースラインから最大で10ポイント下落、PCE物価指数は危機の影響が薄れ始める前にベースラインから3ポイント下落する。

 中国の需要の急激な減少は急激なコモディティ価格の下落と海外のバリューチェーンパートナーに対する需要の低下につながり、これらの企業の資金調達環境を悪化させる。世界貿易の悪化は米国の貿易量の悪化につながるため米ドルは著しい上昇する。不動産市場の崩壊シナリオの文脈での米ドルの強さはグローバル投資家のリスク回避行動としても理解され、強いドルは更に世界的な金融環境の引き締まりに寄与する。

感想

 要するに、アップサイド、ダウンサイドの両シナリオ共に米国にとって碌な結果にならない。逆に言うと米国及び他の先進諸国にとって、中国当局は製造業にドーピングしてないで不動産市場の問題を直視した方が好ましいということである。「歴史的な経緯」通りなら中国の景気の上下が米国にも大きな影響を与えることは分かり切っている。ベイジアンVARモデルに頼るまでもなく、我々はチャイナショック及びその後の回復と世界景気との連動を見てきた。問題は、貿易戦争以来のデカップリングの流れの中で変数は変動しているのではないか。チャイナショックの時の経験則はまだ生きているのか。我々が知りたいのはそこであり、ただの回帰分析はそれを教えてはくれない。
Bloomberg China Manu PMI
 どちらのシナリオが起きそうかで言うと、ブログが冒頭において「中国当局が人為的にローン・クレジットを不動産業から製造業にリアロケートしている」としているのがそれらしいとすれば、論理的には「時間差を付けて両方」ということになるのではないか。つまり我々はまず中国製造業の設備投資の底打ちとそれの海外への波及を観測し、次いでどこかのタイミングで不動産市場のクラッシュの波及を体験することになるのではないか。もちろんシュガーハイまではなりようがない。ブログでも挙げていた不動産不況が片付くという前提と、貿易相手に障害なく輸出できるという前提が満たされないためである。不動産不況については、当局が十分なツールキットを持っているとのブログの前提に懐疑的にならざるを得ない材料が多すぎるのではないか。
WSJ China Bond Yield
 ブログの時間軸とは必ずしも一致しないものの、現に中国の製造業景況感は金融緩和を受けて少しずつ持ち直しており、先進諸国の製造業景況感の反発とシンクロしている。製造業サイクルの意外な再加速は先進諸国で金利上昇の再開を招いた。一方、不動産不況は幅広く警戒されている中、海外に波及する決定的なきっかけがまだ見えない。いずれにしろ、中国発の波はやはり碌なものがない。

 更にこのような論文が出る背景を深読みすると、Fedはいまだに中国経済との関係性をデカップリング前の関連性で捉えている、従ってこれまで中国経済減速は米国経済に実際にはデフレを輸出して来なかったにもかかわらず「海外発のダウンサイドリスクシナリオ」として暗黙のうちにカウントされていたのではないか。その分Fedの景気見通しもダウンサイドに傾いていたとすれば、次に中国経済の反発――外から見ると一時的にすぎない――というものをFedが認識した時、時節外れの反応を示す可能性も示唆しているのではないか。

要約

・中国の製造業支援策は米国経済にとってインフレーショナリーになり得る
・その場合は米国の金融緩和転換の後ろ倒しをもたらすことになる
・逆に中国の不動産不況はデフレーショナリーとなる
・まずある程度の中国発製造業サイクル底打ちを見てから、いつ来るか分からない不動産不況のインパクトも体験することになるか
・Fedはいまだに米中経済のデカップリングを認識しておらず従来の相関係数を前提にしていると推測
・従ってFedは中国経済減速の潜在的影響を過大評価してきた可能性が高く、その分中国経済の反発を重く捉える可能性がある

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。