China M1 M2

 中国の定点観測。年初から中国株・香港株の急落が続き、その後経済指標の持ち直しや中国政府の不動産市況対策のヘッドラインで一度大きく持ち直した。景気が持ち直しており、住宅市場は依然回復が見えないが対策が既に打たれたので心配しなくてよい、むしろ経済成長が脱・不動産依存するのは好ましいことだ、というストーリーはどこまで走る余地があるのだろうか。

どうしようもなくなった住宅市場

Bloomberg China Cities Home Price Tracker
Picte China Home Price by city
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 住宅市場に対する中国政府のスタンスが引締め(房住不炒)からサポートに変わったのは明らかであり、売れ残り住宅を地方政府が買い取って公営住宅にする極端な政策まで打ち出した(5・17房産新政)が、一ヶ月経った今も目立った効果を挙げていない。中古住宅の価格指数は各大都市ともにチャイナテック・ブーム~パンデミックの上げ幅を全て吐き出し、2016年「棚改バブル」の水準まで戻っている。
Bloomberg home sales value
Bloomberg China New home inventory
 トップ100大手デベロッパーの販売金額は下げ止まったようにも見えるが、新築住宅在庫は順調に積み上がっており売上の26.8ヶ月分となっている
CICC China new and existing home sales share
 中古住宅が売れても不動産デベロッパーの資金繰りには直接影響しないので、民営不動産業界を救済するには新築住宅が売れないといけない。しかし価格指数を見ても分かるように新築は中古住宅と比べて値下げが遅れる傾向があるため、2022年以降は中古住宅(グレー)の販売シェアが高くなっている。
Bloomberg China Household Leverage
 これは必ずしも「不動産神話の崩壊」のようなセンチメントだけの問題ではない。元より住民部門のレバレッジが十二分に発掘されている中、習近平政権の下での雇用情勢の悪化に伴い雇用や収入への不安感が持ち上がっている中、たとえ不動産価格そのものに強気でも住宅ローンを借りてバランスシートを拡張する決心が付かない。頭金比率の引下げも打ち出されているが、これは要するに政府が自らお金を出さないまま、銀行に貧困層にまでお金を貸させて住宅市場を支えさせようとしているだけであり、消費者が負債超過になるまでの距離が短くなるだけである。逆に言うと今までは頭金比率が高く、購入資格も限定されていたため「不動産バブルの崩壊」というほどのイベントではなく、住宅ローンが大規模なデフォルトを起こす事態は考えづらい。しかし、その概ね健全だった住宅市場で「房住不炒」が平地から起こした乱は既に化膿しており、「住宅価格が下落するのを見て買い手が更に減少する」「不動産企業の財務が悪化すると引き渡しの不確実性から彼らが建てた新築住宅が更に売れづらくなる」「ランドセールが止まることで地方財政が悪化して財政緊縮に入るため、更に住宅が売れづらくなる」という三つのスパイラルが絡み合っているため、もはや不動産業界と消費者の間だけで解決できる問題ではなくなっている。

不動産不況が招く財政緊縮

Bloomberg China Land Sales
 不動産市場が冷え込んだままなので、地方政府のランドセール不調も長引いている。本ブログは引続きランドセールによる土地レントの消滅を重視している。土地レントの消滅は紛れもなくデフレーショナリーであり逆転しそうにないが、驚きもあった。
Bloomberg China Inflation
 中国政府は収入減を補うために高速鉄道や公共料金を引き上げ始めた。これは物価統計上ではインフレーショナリーな動きとなるが、本質的には増税と変わらない。企業に対しても1990年代の過去まで遡及しての税の取り立てを開始した共産主義体制の不況時のプロシクリカルな財政緊縮志向の面目躍如である。そんな中で、地方政府や国有企業に不動産買い上げを行うような体力があるだろうか。

不動産不況が招く金融環境の引き締まり

Bloomberg China M1 M2
Guojin China long term lending
 貸出もM2も減速しており、企業預金の代理変数であるM1に至ってはマイナス成長が悪化している。当局の説明ではこれまでの企業の「低金利調達→高金利預金によるキャリートレードの規制」の影響ということになっているが、その事実があるかどうかは別として、その説明から対処する意思がないことが伺える。中長期貸出を見ると消費者向け(下図左)は2022年以降低迷が続いている。これは住宅ローンを新たに借りて住宅を買う人の激減に加えて、既存住宅ローンの前倒し返済も加速しているためである。これは企業向け(下図右)はもう少しマシだが頭打ち感は漂う。

補助金に支えられた製造業の固定資産投資

Bloomberg China Fixed Asset Investments
Zeping China Fixed Asset Investments
 固定資産投資で見ると不動産投資が2022年から一貫してシュリンクが続く一方、全体の伸び率は4%巡航が概ね維持されている。インフラ投資(下図左)は不動産の減速をカバーする形で増えていないだけでなく、財政緊縮で減らされる形跡さえある中で、固定資産投資を支えたのは製造業(下図右)である。特に2024年に入ってからは再加速が目立つ。需要側は内需も外需も回復している形跡がないし、何なら設備稼働率が急低下する中での設備投資ブームであり経済的合理性に反している。設備投資ブームの背景として考えられるのは、2023年末の補正予算による一過性の財政出動の補助金の着金ではないか。財政出動とは言っても穴が開いた不動産セクターの埋め合わせを、これまでのようなインフラ整備などで行うわけではない。不動産セクターの不調がGDPを押し下げるなら製造業の生産を増やすことで押し戻せばよい。その過程で自分が好みに基づいて描いた産業政策を反映できれば支出のコスパが更によくなるのではないか、と指導部は考えたに違いない。その結果が過剰生産を厭わない「新三様(EV, 太陽電池、リチウム電池)」及び半導体業界など、いわゆる「ハイテク製造業」に対する補助金である。
Bloomberg China output and retail sales
 パンデミック後は一貫して鉱工業生産がパンデミック前のトレンドより上方で推移しており、一方で小売売上高はパンデミック前のトレンドに復帰しそうにない。不動産市場の放置からも分かるように、GDPドライバーとして消費(内需)は完全に諦められたと考えてよい中国の1-3月期GDPは前年同月比+5.3%と高めの数字になったが、ベースになるのがゼロコロナ解除直後の混乱期であり、今年の1-3月期が閏年で1/90日(1%強)多く、更に補助金ブームがあってのこの数字なので、2024年の5%成長は引続き妄想である。達成する気も恐らくないのだが、もしあるなら更に多くの補助金が更なる生産過剰を招くことになるだろう。
TSLombard China EV
 では補助金がおりるハイテク分野の中国企業に投資すれば恩恵を受けられるかというとこれまた微妙であり、というのも資本主義経済では新技術は莫大な研究開発費を必要とするので燃やせる資本の厚さが参入障壁になり、後々まで競争を回避しながら寡占的に稼ぐ立場を入手できるのに対し、燃やす資本の用意というフェーズを補助金でスキップする計画経済体制では必然的に多数のプレイヤーが乱立し、過当競争に陥る。恩恵を受けられるのはあくまでもGDPとデフレの輸入先(消費者余剰)であり、大半のプレイヤーは結局儲けられないだろう。

先進国への断続的なスピルオーバー

Bloomberg China Manu PMI
 欧米当局は直ちにの過剰生産の気配を察知し、デフレ輸出をブロックするために一斉に中国製EVへの関税をかけた4月に訪中したイエレン財務長官も過剰生産力を批判した。それに対する中国当局の反論も激しく、これは2015年のチャイナショックの際の過剰生産力削減運動が中国当局自身の意志であったのと異なり、今回は過剰生産を通してGDPを維持しないといけないためである。その時に劉鶴が唱えたサプライサイド経済学はもはや全員が忘れている。計画経済にとって経済学は必要な時に都合のよいツールだけを道具箱から取り出す程度の存在なのである。一気に縮小した不動産業界とその上流、下流産業に従事していた労働者は、すぐに補助金で養ってもらいながら過剰生産にうつつを抜かせる椅子に座れるようにならないため、GDP対比で失業は高止まりする。この補助金主導の製造業回復が持続可能かどうかで言うと当然持続可能ではないのだが、そんなことは最初から分かっており、問題は短期的にいつまで補助金の効果が続くかである。昨年末の補正予算は1回きりであり、2024年度の財政赤字目標は3.8%から3.0%に再緊縮化されていることが分かっている。大企業が多い統計局製造業PMIは既に失速しそうになっており、一方で民間企業が多い財新製造業PMIは堅調さが続いているが、このあたりの玉虫色のデータから補助金ブーム終了のタイミングを測ることになる。
ISM Manu new export orders
 ここまでは中国自身の問題であり、その上でパンデミック後に本ブログが繰り返し述べてきたように、中国経済が海外経済に及ぼす影響はあくまでも断続的である。2024年前半には「中国からの受注が回復した」との声が先進国企業からも聞かれるようになった。欧米の製造業景況感も2024年前半に回復を見せているが、そのうちその程度が、中国政府の補助金によってファンディングされた受注によるものだったか、その上で中国の補助金効果がいつ息切れするのかが問われることになる。5月分までのISM製造業を見ると輸出受注は明らかに2024年に入ってから新規受注全体より力強くなっており、それが中国勢によるものかどうかは別として、2024年前半のグローバル製造業の景況感回復は(もちろん先進国内で在庫調整が済んだ要因もあるが)どちらかというと米国外発らしいとは言えるだろう。

 全体像としては、まさにNY FedのLiberty Street Economicsの2本の記事が危惧したシナリオがそれぞれ実現しつつあることになる。それらを取り上げた前回の記事では

「中国当局が人為的にローン・クレジットを不動産業から製造業にリアロケートしているとしているのがそれらしいとすれば、論理的には"時間差を付けて両方"ということになるのではないか。つまり我々はまず中国製造業の設備投資の底打ちとそれの海外への波及を観測し、次いでどこかのタイミングで不動産市場のクラッシュの波及を体験することになるのではないか」
「現に中国の製造業景況感は金融緩和を受けて少しずつ持ち直しており、先進諸国の製造業景況感の反発とシンクロしている。製造業サイクルの意外な再加速は先進諸国で金利上昇の再開を招いた。一方、不動産不況は幅広く警戒されている中、海外に波及する決定的なきっかけがまだ見えない」
「更にこのような論文が出る背景を深読みすると、Fedはいまだに中国経済との関係性をデカップリング前の関連性で捉えている、従ってこれまで中国経済減速は米国経済に実際にはデフレを輸出して来なかったにもかかわらず"海外発のダウンサイドリスクシナリオ"として暗黙のうちにカウントされていたのではないか。その分Fedの景気見通しもダウンサイドに傾いていたとすれば、次に中国経済の反発――外から見ると一時的にすぎない――というものをFedが認識した時、時節外れの反応を示す可能性も示唆しているのではないか」

 としていたが、現に6月FOMCは3月FOMCと対比してだいぶタカ的になった(年内3回利下げから年内1回利下げに後退)。滑稽なことに、中国政府の補助金が海を越えて生産設備や中間財を買いまくったせいでFedの利下げサイクル入りが遠ざかったので――米中金利差の拡大が招く人民元安を国威を傷つけるものとして警戒する――中国当局自身も金融緩和を進めづらくなった。次は中国PMIをモニターしながら補助金効果の息切れのタイミングを測り、そして長期的には(いつやって来るのか見当も付かないが)不動産市場の不況の深刻化をそれとなく警戒し続けることになるか。

要約

・中国の不動産市場は支援策の効果が見えない
・地方政府の財政緊縮が公共料金値上げ、増税に繋がり一層の経済環境悪化を招いた
・落ち込んだGDPの数字を中国政府は製造業強化で補おうとしている
・補助金効果で製造業の設備投資だけは堅調さが続く、海外は過剰生産を警戒
・中国PMIなどで補助金効果の息切れのタイミングを測る局面へ

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。