パンデミック後のインフレレジーム

Bloomberg SP500 UST correlation
 パンデミック後の投資環境はグローバル金融危機からパンデミックにかけての15年間と比較して様々なパラダイムシフトが見られたが、中でも最も大きかったのはインフレ・レジームへのシフトだろう。2008年のグローバル金融危機の後、先進諸国で中央銀行のインフレ目標未達が常態化しており、どちらかというとデフレーショナリーな経済環境が続いた。これは景気が減速すれば中央銀行は金融緩和で対処することが可能であることを意味しており、その環境下では株式と長期国債は長い逆相関が続き――60 :40でも50 :50でもよいが――株式と長期国債を同時に保有すればそれなりに安定したリターンを獲得することができた。しかし、2022年にインフレ・レジームが始動し、Fedの金融政策がインフレ目標の厳しい制約を受けるようになると、債券と株式の逆相関は喪われた。多少リスクオフになったところで、Fedがそれを受けて金融政策パスを変える(インフレを放置して株式市場を救済する)はずがないので、債券は買われづらかったし、株式指数も金利低下のスタビライザー機能を享受することができなかった。これを本ブログの2022年1月の記事はパウエル・プットの消滅と表現した。一般的にFedプットとは株式市場の大きな下落や経済の低迷に対して積極的に介入することで、投資家が安心してリスクの高い投資を行える状況を表現するものであるが、パウエル議長時代のケースでは2018年末のリスクオフを受けた利上げ停止と2020年のパンデミック対応の金融緩和が目立っており、議長在任中はそれがパウエル・プットと呼ばれ続けるだろう。パウエル・プットの消滅と、長期国債と株式の正相関は同じ概念である
FRED 2022 2023 SP500 and US10y
 引締めサイクル下でのパウエル・プットの復活、つまりリスクオフが物価対策の金融引締めを妨げるロジックは二つしかなく、一つがデュアル・マンデートのもう片割れの雇用悪化の場合、もう一つが金融システムに不安が走り始めた場合であった。2022年3月にFedが利上げを開始して以降、デュアル・マンデートを放棄して物価目標を優先したという表現をされることも多いが、いずれにしろ雇用情勢はその後の2年間にかけて利上げを妨げない程度には堅調であったので、デュアル・マンデートが放棄されようとされまいと結論は変わらない。2022~2023年のチャートを振り返ると、2022年は無慈悲な引締め期で長期国債と株式指数は正相関(長期金利と株式指数は逆相関)であり、具体的には長期金利の上昇と共に株式指数がバリュエーション調整を強いられた期間であった。2023年3月のシリコンバレー銀行の破綻をきっかけとする中小銀行経営危機は金融システム不安に当てはまるものであり、一時的には長期国債と株式は逆相関に戻った。もっとも2023年夏になって中小銀行経営危機がそれ以上広まらないことが確認されると長期金利は再び上昇し、パウエル・プットは再び喪われた。正確には中小銀行経営危機からの回復過程では株式指数は上昇したため、パウエル・プットは発動されなかっただけで枠組み自体は健在だったという言い方も可能であったかもしれない。その後、長期金利が発作的に上昇する局面では株式指数もクラッシュしやすかった。

ERPモデルと株式の債券化

Bloomberg asset return
 2022年に始まった株式と長期国債の正相関は株式の債券化とも表現できる現象であり、2022年から2023年にかけて株式指数の上値を国債金利が抑制する場面がしばしば見られた背景であった。これは伝統的な「株式60%・債券40%という標準的なポートフォリオ」のリスクが増大することを意味しており、リスクパリティ的な考え方を取っているならリスクの増大がポジションの拡大を阻止するものであった。またインフレ下でインフレヘッジ機能がない債券の期待リターンが伝統的にインフレヘッジ機能がある株式より低い中、両者の値動きが連動するなら債券を保有する意味がないという議論も持ち上がった
MS Equity Risk Premium
 「株式の債券化」レジーム下ではモルスタがフォローし続けたエクイティ・リスクプレミアム(ERP)がよくワークした。S&P 500をフォワード益回りを無リスク金利と比較し、そのスプレッドをERPと規定し、ERPが潰れすぎると株式指数の魅力度が低下する、要するに無リスク金利が先に上がると株式指数もクラッシュしやすくなるということである。モルスタ調査部のマイク・ウィルソンはこの考え方から2022年の株式指数のラリーを否定し続けて名を馳せた本ブログも2022年6月にはERPの考え方を学んで取り入れた。当時はインフレ退治のための過激な引締めが景気後退を招くと広く信じられており、にもかかわらずERPは景気後退らしさ(リスクプレミアム拡大)を見せず低迷し続けたことから、株式指数はダウンサイドの方が大きいとの見方が圧倒的だった。その上で本ブログなどはEPSは名目値であることに注目し、たとえ計算上は景気後退に陥ったとしても供給不足のインフレ下で果たしてマージンが潰れてEPSリセッションが来るのかと懐疑的であり、リセッション懸念(EPS切下げ懸念)を全く織り込んでいない今の株式市場は調整を経た今でも呑気すぎるように見えるものの、オッズが悪い勝負で結果的に逃げ切れる可能性もないわけではない」と逆張りの主張を試みた。実際、ERPは確かにポスト金融危機のデフレ・レジームの中で見ると底値圏を這っていたが、金融危機前のインフレ・レジームではERPはもっと潰れていたのである。
MS SP500 2024 net income
 結局、2023年から2024年にかけてERPはそれまでのレンジから外れて低下を続けた。これはインフレ・レジームが定着することで、1期先のフォワードEPSでは表現し切れない将来の名目成長の高さが意識され始めたためと解釈される。これは2023年になって中立金利が持ち上がって長期金利が一段と上昇した現象ともシンクロしており、ERPの縮小分とフォワードEPSの上昇分だけ、長期国債投資は株式指数投資にアンダーパフォームし続けた。2024年になるとAI主導の半導体需要が盛り上がってきたためフォワードEPSはマグニフィセント7を中心に更に離陸した。この過程でマイク・ウィルソンの方はすっかり不調になり、今年半ばになってS&P 500に対する弱気予想を投げ出している

名目成長のギアチェンジ

Bloomberg US Nominal GDP vs FF Rate
 しかし、マイルドなインフレ・レジームと高い実質成長の組合せによるEPS発散期待は、金融引締めが本格的に効いていない期間に限定された現象でもある。一旦金融引締めが効き始めると、実質成長の減速を通して物価上昇も減速する。インフレと高い実質成長によって支えられた高い名目成長が一転してインフレと実質成長の同時減速に見舞われるのである。それに対して素早い利下げ転換(pivot)がなされなければあっという間にビハインド・ザ・カーブ懸念との闘いになってしまう。インフレの鎮火に伴い米国の名目GDPは政策金利と並んできた。これは政策金利がゼロ金利制約に当たっている景気後退期を除くと2007年以来である。2024年春の「中国補助金の春」を通過して2024年夏に入ると、金融市場は名目成長期待の減速局面に差し掛かって来た。S&P 500は一時10%近く調整し、その過程でERPも久々に拡大した。このギアチェンジ局面での一時的な混乱についても本ブログは7月の記事で想定済であり、株式市場について以下のように述べていた。長いが、名目成長期待ギアチェンジ局面での挙動を事前に実に正しく予想できていたため全文引用に値する。

利下げが近付いてくるにつれ、利下げ織込みの進行が(どうやら受難が終わった地銀や、ラッセルのショートカバーを除いて)ゴルディロックス的な株高にも繋がっていないのは、利下げは正しい時期に提起されたものであり、実際に近付くにつれてビハインド・ザ・カーブ懸念との闘いが見えてきたためである。一方、では過去の利下げのように「利下げが始まると逆に株式が暴落しやすくなる」ジンクスが効いてくるかというと、今回は過去のように景気後退対応ではなく、実質GDP 2%ペース下の調整利下げなので、そちらも信用に値しない。株式が"マイルドなインフレと堅調な実質GDPが合わさった極めて高い名目GDP"を理由に買われてきたとすれば、"インフレ引締めの効きはじめ"のタイミングでは物価、実質両面からの名目GDP減速が株式にとって逆風になりやすいだろうが、根本的に景気後退に陥るわけではないのでバリュエーション調整が済み次第平穏が戻るだろう

帰って来た長期国債のヘッジ機能

Bloomberg Bond Stock Correlation
GS Equity Bond correlation
FRED 2024 SP500 and US10y
 7月の株式市場調整の特徴として挙げられるのは、長期国債がついに株式指数のヘッジ機能を取り戻し始めた点である。これは長期金利上昇が株式指数の2022年的なクラッシュを招いた4月の調整とは大きく異なる。長期国債との逆相関を取り戻したのは、7月の株式指数調整の背後にあるのが成長減速懸念であったことから当然である。インフレ・レジームでは長期国債投資は株式投資のヘッジにならないと笑っていた投資家だけがインフレの退潮と共に愚かしく顔面着地した。
Nick CPI
 物価の減速は「中国補助金の春」のコブを通過して既に調整利下げの障害にならなくなっているその更に前から雇用情勢は利下げの障害でなくなっている7月FOMCは「デュアル・マンデートへの回帰」を打ち出した。長期国債と株式指数の逆相関復活は、投資家が勝手に「成長減速」を判断したのではなく(その手の勝手な判断は幾度も裏切られてきた)、7月FOMCのデュアル・マンデート回帰によって正当化されたのである。デュアル・マンデート回帰に伴い、雇用情勢の悪化を伴うタイプの景気減速リスクに対してFedは素早く反応できるようになった。これは「パウエル・プット」の2年半ぶりの復活を意味する
Bloomberg balance of risks
 もちろん、景気減速の本格化と長期金利の低下を本ブログは前提にしているわけではない。むしろ7月末から8月にかけての「サームルール騒ぎ」をはじめとする景気後退ストーリーは行きすぎであったことを本ブログは論証してきた米国経済は紛れもなく減速しつつあり、つまり方向としては徐々に景気後退に向かいつつあるが、景気後退まではまだ距離がある。景気後退を当てる前から重要なのは、長期国債が株式指数のヘッジ機能を取り戻したことである
GS recession probability
 8月前半の2週間では堅調な非製造業ISM景況感、雇用統計、そして小売売上高は景気後退懸念を幾分か剥落させた(CPIが示唆する物価上昇の減速だけはブレなかった)。その結果長期国債は伸び悩んだ(長期金利は下げ渋った)。長期金利上昇対する株式指数の反応はもはや2022年的なクラッシュではなく、景気後退懸念剥落への素直な好感であった。つまり株式指数と長期国債からなるポートフォリオは景気減速や加速のヘッドラインに対して中立に近付きつつあるのだ。景気加速ヘッドラインで長期国債の下落と株式指数の上昇、景気減速のヘッドラインで長期国債の上昇と株式指数の下落、或いは両アセットの漫然とした同時上昇はあるとしても、長期国債と株式指数のダブル安だけはかなり起きづらくなったのではないか。確実なのは物価の減速だけだからだ
MS Economic Data Surprise
MS forward EPS yoy
 差し迫った景気後退懸念は行きすぎであったことが判明しつつあるが、今後名目成長のギアチェンジと利下げが並行する局面に入り、ビハインド・ザ・カーブ懸念が盛り上がったり外れた歯車が再び噛み合ったりする局面が幾度となく繰り返される可能性は大きい。従って高い名目成長によるEPSの発散にベットし続ける株式一本打法は徐々にボラティリティに晒されるようになるだろう。もちろん、全ての経済指標を正しく予想して景気後退懸念が盛り上がるタイミングだけを回避するプレイも可能である。しかしそこのトレードに労力をかけるよりも、長期国債の追加でボラティリティを回避する方が簡単ではないか。
RPAR
 リスク計算とポジション調整のオペレーションに付加価値があまりなく、従って基本的にただの債券と株式からなる分散ポートフォリオとみなせるリスクパリティ戦略のETFの推移を見ると、2022年以降の引締め局面では債券が足を引っ張り続け、また株式と長期国債が正相関だった期間にわたってポートフォリオのボラティリティが高かったが、今回の株式指数の調整だけは無傷で乗り切っていることが分かる。

 これが低金利時代であれば、「株式との分散効果のため」という理屈で利回り1%や0%台の国債を組み入れる思想に本ブログが与することはない。年金のような巨大なポートフォリオなら株式と債券の目標ウェイトを予め政策的に決定しておき、株式が大幅に下落した時に「同時にウェイト膨らんだ債券を利食うことで株式の押し目買いを行う資金を創り出せる」リバランス効果で債券ポーションの有難みが目視できるレベルになるかもしれないが、個人投資家から見たら所詮利回り1%や0%台のあまり動かない資産ではないか。しかし今や――ERPの低さを見ても――長期国債も株式指数の益回りにそこまで劣らない高利回りを提供する資産になっている。しかも高い利回りは将来の金利低下余地の大きさも意味するのである。インフレ・レジームが終わった場合、株式投資には一段と高いERPが要求されるようになるだろう。ERPの拡大ペースよりもEPSの成長ペースが勝れば株式投資が長期国債投資に引続き勝てるが、名目成長退潮の勢いが強ければ強いほど長期国債投資の方に軍配が上がる。その場合には年金基金などによる株式から債券へのシフトが見られるだろう

円キャリートレードの幻影

Bloomberg Yen Carry Trade
 長期国債と株式の逆相関を取り戻すのと同時に、これまで逆相関のおかげで享受していた低ボラティリティ・レジームを失ったのは円建て米株投資である。2022~2024年の引締めサイクルでは円建て米株投資は概ね安定して利益を上げ続けることができた。なぜなら米国の名目成長が堅調な中、米株が崩れるとすればFedの引締め加速懸念の長期金利上昇によるラージテック主導のものしかなく、その場合、更に日米金利差に比例するドル円は上昇することが多かったからである。2022年の財務省の為替介入は逆風になったが、それを除くと2022年や2023年秋、そして2024年春の急激な金利上昇に伴う米株指数の調整はドル高円安が伴った。米長期金利を交絡因子とするドル円と米株指数の軽い逆相関のおかげで円建て米株投資のパフォーマンスは安定し、そのストレスのなさから多くの投資初心者を惹き付けた。しかし7月末の米株調整は近年初めて激しい円高を伴ったものとなった。もちろん財務省の為替介入や日銀のサプライズ利上げのインパクトもあった。しかし根本的には株式と米長期金利の相関が反転したからである。株式一本打法が名目成長ギアチェンジで顔面着地したとすれば、ドル円の為替リスクで株式の成長リスクを更に増幅させていた円建て米株投資は二階に登ってからの顔面着地であった
bear
 ドル円と米株があまりにも綺麗に同時にクラッシュしたので、顔面着地した円建て米株投資は更に「円キャリートレード解消」、つまり金利の安い円を借りてドル転して米株を購入する投資家が日銀利上げをきっかけとする円高で打撃を受けたからこそ米株が壊れたとの汚名を着せられることになった。もちろん為替市場での円キャリートレードと株式市場でのラージテック株の上値追いは「米国の高い名目成長」をテーマに同じ市場参加者、或いは同じ組織やプラットフォームの中の様々な部門が同時に手掛けていた可能性はあり、中でも最大のマクロコンセンサストレードが円ショートであったことは論を俟たない。それが財務省と日銀に轢き殺されたことが、他のマクロコンセンサストレードも畳む動きのトリガーになった可能性はあるし、市場参加者がそう反応するのは合理的である。しかしそれは畢竟、反射的な投資行動にすぎず、一般的に同時にクラッシュしたというだけで2資産のチャートを強引に重ね合わせて因果関係のストーリーを紡ぐ行為には意味がない。特に間でキーになっている米長期金利の挙動の変化に着目できなかったなら的外れもいいところである。
Bloomberg CFTC JPY positioning
 その後もまことしやかに議論された「まだ残っている隠れ円キャリー債務の規模」は米株の押し目買いを行う勇気を削ぐ有害な視点であった。狭義の円キャリートレードのポジショニングはIMMポジションでも見ていれば十分であり、ドル円が本格反発に転じる前のタイミングで8割以上が吹っ飛んだことを確認できる。IMMポジションはクォンツが無理にルールベース化して平常時も無理にトレードに使おうとするとさっぱり効かない指標になる(というよりクォンツが無理にルールベース化すると大体の指標は効かなくなる)が、こうやって需給で相場が極端に動く時くらいは素直に見ればいいのである。
ANZ USDJPY and rates diff
GS USDJPY vs rates diff
 投機筋が概ね一掃されたのは、ドル円が春から夏にかけ――縮小しつつあった――日米(実質)金利差から上方に乖離する形でドル高円安がオーバーシュートしたのがほぼ巻き戻されてフェアな水準に戻って来たことからも分かる。そもそもドル円レートが日米金利差に連動するのも円キャリートレードの存在が背景であるが、極めて狭義の投機的な円キャリートレードはドル円が日米金利差から大きく上方に乖離した局面で膨張したと思われ、それは日銀の6月会合の予想外のハト化が惹起したものであり、財務省の為替介入と7月会合の利上げで駆逐された形となる日米金利差から見て既にフェアな水準まで既に調整したドル円レートの予想を「隠れ円キャリートレード」のポジショニングから語るのはナンセンスであり、なぜなら今後のドル円レートを決定するのは日米金利差であり、それはほぼ米金利だからである。これは円高リスクが新たに出現したとしても、今後それはデュレーションリスクでヘッジ可能であることを示唆する。
Quick Japan mutual fund inflow
 広義の円キャリートレードのうち「円建て米株の過剰投資」の中で真っ先に思い付くのは日本から出発した、新NISAに後押しされた積立てインデックス投資である。現に米株指数とドル円の合わせ技による想定外のドローダウンに驚いたのか、最も米株の下落が厳しかった8/5(8/7計上)ではオルカンをはじめとする日本の株式投資信託から大規模に資金が流出している。インデックス投資家の多くは株式インデックス投資をただの投資の一手段ではなく、理論的に確立された唯一の正解と考えて他の資産クラス、他のスタイルの投資家や貯蓄家を見下しがちであり、情報収集を伴うアクティブなリスク調整に対しては虚無主義であり、とにかく長期投資にさえ徹すれば確実にリターンが得られると堅く信仰していることで知られ、また実際に平常時には信心の足りない人達を捕まえてはそのような発信を繰り返してきたが、蓋を開けてみれば順境で気が大きくなっていただけであり、本質的には恐怖への耐性が口先ほどではない臆病な羊の群れに過ぎなかったことをデータは示した。とはいえその後に連日流出が続いたわけではなく、臆病な羊達のパニックがそれ以上攪乱要因になることはなかった。それ以上の円キャリートレードの幽霊の存在は無視しても構わないだろう。

円建て高volレジーム回帰

Bloomberg Nikkei VI
 米株のインプライドVolブローアップのきっかけを作ったのは円建て米株の代替商品でもある日経平均であった。日経平均は本来、ドル円とリスクオンオフが連動するのでドル建ての米株指数よりボラティリティが高いのが普通だった。それがインフレレジームではリスクオフは米国の引締め加速でしか起こらず、引締め加速は円安に繋がり、その円安が日経のバッファになるため日経平均のボラティリティも上がりづらかった。それだけに日経平均は米国の景気減速に弱く、米国のポリシーエラーには一層弱かった。パンデミック後にグローバル投資家が中国株や香港株から資金抜いて日本株に配分したとも言われているが、それだけにアジア時間のマクロヘッジ需要はこれまで以上に日本株に集中した。それに対して流動性を提供してきた逆張り好きの日本の個人投資家が日銀の利上げで一瞬手を引いたことで需給が大きく崩れたことが、日経平均が1日10%以上も下落したブラックマンデーを演じた背景である。その後、米国の景気後退懸念が剥落するにつれてリスクオンのドル円上昇になったため、日経平均も急速に上昇に転じたが、上昇局面での値動きもまた激しいものになった。このように米国の景気期待がどちら方向に動こうと、相関のパラダイムシフトから、円建て米株と同様に為替リスクを内包する日経平均のボラティリティも一段と上がるだろう
BofA SPX reaction to growth data
 今後米国の減速懸念で円建て米株投資のボラティリティが高止まりしそうであり、円安もこれまでのように一方向には進まなそうだとなると、円建て米株投資を止めるべきだろうか?いや米国景気がどこかで持ち直し、日本との景気格差が拡大するにつれてドル円は再び上昇に転ずるかもしれない。或いは2019年のように米株も金利低下局面でバリュエーション続伸を演じるかもしれない。それらの可能性をわざわざコストをかけて(期待リターンを低めて)までして潰してしまうのは悔しいではないか。長期投資なら下げは我慢すれば済むが、それよりも上げを逃す方が痛い面は確かにあり、その点インデックス投資家の言い分にも一理ある。それでもポートフォリオのボラティリティを軽減したいならば、各資産の相関の要になってきた米国債投資(デュレーションリスク)をポートフォリオに追加するのが、それなりの投資利回りを維持しながら米国景気懸念に由来する不確実性を引き下げる最善の方法になるのではないか。とはいえ米国債を買うのに米ドルが必要であり、通常の長期国債のデュレーションリスクは自らの米ドル分の為替リスクをヘッジするのが精いっぱいである。それよりもデュレーションの火力が強い超長期米国債や、送金する米ドルを少額に限定しつつその中でレバレッジをかけた米国債ETFが使いやすいだろう。

要約

・インフレの減速と共にFedは再びデュアル・マンデートに回帰した
・その結果、これまで正相関だった株式と長期国債は再び逆相関に
・縮小が続くERPは名目成長のギアチェンジと共に再拡大
・株式投資にとってのリスクは引締め加速から成長減速へ
・米国景気懸念に由来する米株の変動は米超長期国債投資でヘッジ可能に
・ドル円と米株指数のリスクオフ時の逆相関も消滅、正相関に
・為替リスクを内包する日経指数のボラティリティも増大
・投機筋を駆逐した後、米金利低下を伴わないような円高リスクは一巡
・新たに出現した円高リスクも米超長期国債投資でヘッジ可能に

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。