12月会合前のリーク整理

Grok Ueda Trump
 諸外国が利下げを急ぐ中で一筋縄ではいかない利上げパスを模索する日銀について。11月の記事「12月か1月の利上げが近付きつつある」をメインテーマにしていたが、その直後から12月利上げに急激に「待った」がかかった。この方向転換の理由はいまだによく分かっていないが、世界経済にとって最大のリスク要因になりつつある第二次トランプ政権爆誕の「圧」と解釈するのが最もシンプルだろう。前回の記事でも利上げを阻害するサブシナリオとして「(通貨と株式指数の)ダブル安の下で通貨防衛的な利上げを敢行した場合、8月以上に市場参加者からの批判に晒される可能性があり、それをリスクと感じるなら通貨安を容認せざるを得なくなる」を想像してはいたが、まさか株式指数が概ね堅調な中で12月利上げをしくじるとは思っていなかった。

 11/30に日経新聞が植田総裁の取材記事を三本セットで発表した。時刻が朝2時だったのも(朝刊掲載のタイミングなので当たり前なのだが)リーク記事を連想させた。一本目の記事はタカ派全開であり、それも円安に焦点を当てて「一段の円安はリスクが大きい」「(場合によっては政策変更で)対応しないといけなくなる」「中央銀行の立場からは、物価・経済見通しに為替レートがどういう影響を与えるかという点で考えるし、そこをポイントに政策運営する」「インフレ率が2%を超え始めているときに一段の円安になればリスクが大きい動き」「場合によっては対応しないといけなくなる」と、「為替介入としての利上げ」のロジックを並べた。まさに本ブログが推してきた中立為替説の面目躍如である。もっとも二本目の記事「データがオントラック(想定通り)に推移している」としつつも「25年の春季労使交渉(春闘)がどういうモメンタム(勢い)になるか。それはみたい」「(トランプ前大統領の返り咲きによって)米国の経済政策の先行きがどうなるか、大きなクエスチョンマークがある」と不安要素にも触れている。日経は「植田総裁は追加利上げが近いと示唆しつつも、拙速な判断を避ける姿勢を強調した」という表現を用いた。三本目の記事は具体的なやり取りをまとめている

 一方、12/3、12/4に時事通信社が「日銀は市場の12月利上げ観測にやや困惑の様子」といった旨の記事を有料会員向けに配信し「市場で話題になった」らしいが、本ブログなどは市場の話題に付いていけなかったので三井住友DSアセットマネジメントのレポート等を通してその中身を推測するしかない。これだけ自ら取材で語った後に「12月利上げ観測に困惑」とは理不尽な話であった。更に1週間後の12/11にBloombergが「日銀は利上げ急がず、今月見送りでも物価加速リスク小さい」、翌12/12にロイターが「日銀、利上げ見送り論強まる 直前まで情勢見極め」と報じたことで一気に12月利上げ期待は盛り下がった。最後に一連の軌道修正を主導した時事通信社が「世界経済・賃上げの動き見極め 利上げ見送り濃厚」と報じたことがとどめとなった。

ハト化にレバレッジがかかる記者会見

 結局12月会合は現状維持になり、更に植田総裁の記者会見でハト色に拍車がかかった。いつもの調子で、12月利上げがなかった理由の説明は1月利上げ期待をも誤爆したのである。12月会合の据置きの正当化に用いられた論理の一つは「物価情勢がオントラックであることを認めつつ、もうワンノッチほしい」であり、もう一つは「トランプ新政権を巡る不確実性」である。もうワンノッチとは次の春闘のモメンタムを確認したいということであるが、植田総裁自身も述べた通り、春闘についてもトランプ新政権の政策についても、相当長い期間みないと全体像は判明しない。その上でどちらも最終結果まで確認するわけではないと植田総裁は説明したものの、印象から言えば二つのロジックは共に3月以降まで伸びるような長大なデュレーションを持ってしまう。利上げ回もあれば据置き回もある利上げパスの中で、本来ニュートラルである毎回の金融政策の理由付けを説明しようとするのは本ブログがずっと指摘してきたコミュニケーションの欠点である。その説明がもっともらしいものであればあるほど、理由はデュレーションを持ってしまい、先々の金融政策の不確実性を高めるということである。

 12月据置きの理由付けは苦しいものであったと推測される。しばらくして12月会合の「主な意見」が発表されたが、これがまた支離滅裂としか言いようがない代物であったことが議論の混迷を示唆した。

「米国新政権の政策の為替市場への影響は、インフレ→金利高→ドル高となる可能性もあるが、輸出産業重視のためにドル安を志向する可能性もあり、留意が必要である」

 トランプ政権がドル安を志向する可能性は本ブログもある程度取り上げたとはいえ、世界中がドル高警戒一色の中でドル安志向を警戒したのはさすが日銀と言うべきである。

「米国経済は底堅く、新政権の財政政策等の下支えも期待され、ソフトランディングより早期の再加速も想定され得る。他方、指標発表等で市場が大きく変動する可能性もあり、経済底入れ期待が醸成されるまで、注意深く見極める必要もある」
「利上げ判断の焦点は、国内面では、賃金・サービス価格・個人消費の動き、海外では米国の経済と政策運営、そのもとでの金融資本市場の動向である。これらについては、賃金という面では春季労使交渉に向けた動きを、米国という面では新政権発足を確認していくのが常識的である」

 このあたりの審議委員はもはや自分が何を言っているのか理解できていないだろう。

日銀の株式トレーダー化

Bloomberg FOMC Day
 ドル円は円安気味であったことから、為替の水準は12月据置きの理由ではない。春闘は一貫して言い訳にしか使われていなかったためどうでもいいとして、トランプ爆誕の後の不確実性の警戒となると、日銀が為替本位から日経平均本位にシフトしつつあると言えるのではないか。しかし会合時点の日経平均の水準は4万円にまだ近く、金融政策でサポートしなければならない水準には見えなかった。となると日銀が気にしたのは利上げに対する日経平均の短期的なリアクションではないか。つまり8/5の日経平均急落を繰り返してはならない。結果的に12月FOMCは資産価格の暴落を招いたのだから、もし翌日に日銀が利上げを決定した場合は再び日本株指数の急落を招いたことだろう。というより、日本株指数の下落が日銀のせいにされる。そういう意味で――誰も褒めてはくれなかったが――日銀の利上げ中止という賭けは当たったように見える。ドル円だけがターゲットだった頃はまだ意思決定が難しくなかったが、株式指数の反応をターゲットにして会合後の数日間の値動きを当てようとするのは極めて難しいゲームである。

 1月利上げ期待まで轢き潰してしまったため、1月になって改めて利上げしようとするとまた一から事前リークで織込ませないといけなくなった。そんな劇薬を持ってくるということは、それだけ12月据置きのロジックは立てづらかったということでもある。具体的にどの回で利上げを実行するかは元より総裁の裁量であり、ポリシーフェイルや政治サイドとの不一致で信用喪失に繋がらないタイミングを選ぶことで総裁の手腕が問われるのだが、持ち札は2枚、多くて3月までの3枚であることを忘れてはならない。株式指数が下落しなさそうなタイミングを探しているうちに1月も3月も過ぎてしまい、前回が7月なのにその次が年度を跨いでしまったら「会合選び」の範疇を逸脱してしまい、「オントラックなら利上げ」という方針を否定する説明を行わないと信認が崩れる。従って1月も見送ると見送り三振を回避するために何が起きても3月100%利上げになってしまうわけで、割り切りができないとどんどんじり貧になってしまう。

 12月会合で唐突に持ち込まれたトランプ政権観は要するに「ドル安円高リスクオフになるのではないか」という、高成長を確信しつつ金利上昇のみを懸念するグローバル金利市場のトランプ政権観からかなりかけ離れた日銀独自の懸念である。後者も正しいとは限らないものの、もし日銀が2025年のどこかでトランプ政権観を後者に寄せる形で軌道修正するなら、それはまたまた極端な方向転換に繋がる可能性を秘める。そのタイミングで日本国外でのトランプ政権観もまた修正されるならボタンの掛け違いが目も当てられないものになる。
Nikkei JGB yield
 幸い、ドル円は高値圏での推移が続いているものの、日米金利差の割りには伸び悩んだ。これは米国も長期金利の参加者がワーギャー言っているだけで、政策金利としてはFedが9月から12月にかけて100bp利下げをきっちりデリバーしたことで日米の政策金利差は着実に縮小したからだ。日本の長期金利も12月据え置きには動じず1%超えの水準を維持した。長期金利にとっても重要なのは利上げ路線が揺らぐかどうかであり、どの会合で利上げを実行するかは大した問題ではない。12月のサプライズ据置きを受けても日本の長期金利が大して低下しなかったのは、外部環境として米国の長期金利が大幅に上昇したからでもあるが、記者会見での妙にデュレーションが長い説明を債券市場があまり本気にしなくなってきたことをも意味する。

1月利上げに向けたコミュニケーション

 さて1月会合はどうなるか。もとより「トランプの就任式の直後に会合が組まれているが、まさか就任式直後に利上げするわけにもいかないだろう」という文系な理屈から12月利上げがなければ1月も難しいという観測が根強かった。12月会合の後の微妙なタイミングの日経記事によると12月会合の取材で「12月の利上げを見送って、1月にもしできなくてもよいのか」と日銀関係者に投げかけると「1月にできなかったらそれは仕方ない」と語る関係者が多かったそうである。一方「オントラックなら利上げ継続」が生きている中、春闘に関しては3月を待たなくても「年末年始の経営者の発言や、1月9日の支店長会議で雰囲気はつかめる」と日銀関係者は述べたという。それならもう春闘の話ではないのでなぜ春闘というワードを出したのか、という話であるが、とにかく12月記者会見の据置き理由の長すぎるデュレーションを3月から1月に縮める動きが見られはじめた。トランプ新政権の政策の見極めも真面目に考えたら一体いつになるのかさっぱりなのだが、「政権の主要メンバーの顔ぶれが固まり、就任前後の時期に近づくほど、政策の方向性は具体的になる」というロジックで就任直後でも判断できるということである。支店長会議は各地域の賃上げに対しても概ね強気で通過した
Bloomberg Japan Tokyo CPI
 11月分の全国CPI12月分の東京都区部CPIもそれぞれ上振れた。電気ガス料金への政府補助金の終了でコアの方が上振れたのは仕方がないものであったが、その手の措置ですぐに上振れるのだから、「2%を割り込みすぎてのデフレ回帰だけはない」としてきた通りである。
Nikkei rice
 1/10にBloombergが1月会合において「コアコアCPIの2024年度と25年度見通しを上方修正」とする観測記事を出した。コアコアCPI見通しの引き上げはコメを中心とした食料品価格の上振れが主因であるという。奇しくも「高騰の余波で日銀本店の食堂にも台湾米が採用され、職員は令和のコメ騒動を肌で実感している」という記事も出ている。この流れなら次の早期利上げがもし実現するとしたら米価利上げという名前が付きそうである。
BOJ Himino
 1/14には氷見野副総裁の講演があり、元々1月会合直前に副総裁講演の日程がセッティングされたこと自体が利上げ用意の一環とも言われていたが、12月会合を巡るドタバタのせいでそれどころではなくなっていた。12月の記者会見で伸ばした据置きトークのデュレーションのうち、春闘については既に1/9の支店長会議まで縮められていたが、ここでは「トランプ政権の方向性見極め」の方も「来週の就任演説を聞けばいい」まで縮められた。トランプの就任演説を聞けるのは現地時間1/20なので、これでようやく1/24の金融政策会合での利上げが理論的に可能になる。理論を整理した上で氷見野副総裁は来週の決定会合で利上げについて判断を行う、つまり1月利上げがライブであることを宣言した。当面の論点からは少し離れるが、これまでの印象から日本がデフレから脱却できないとされる議論を否定し、また深いマイナス域にある実質金利の正常化への意欲を改めて滲ませた。
Bloomberg USDJPY
 翌15日には植田総裁が全国地方銀行協会の新年の集いでの挨拶で「来週の決定会合で利上げを判断」すると改めて述べた前日の氷見野副総裁講演の内容を繰り返しただけであるが、この挨拶のスケジュールを事前に掲示されていなかったようで、意外な時間にヘッドラインが飛んだことでドル円をはじめとする金融市場はやや動揺した。この手の挨拶回りの件数は恐らく膨大なものになるので、スケジュールとスクリプトを全て公開したらキリがないので限度があるのは論を俟たない。短期金利市場における1月利上げの織込みは7割に達した

 ここまでの情報を整理すると、氷見野副総裁の講演の役割が「12月据置きのために作った説明で余ったデュレーションを丁寧に削ること」だったと分かる真面目に考えるとあれだけ第二次トランプ政権の不確実性を振り回したのに「就任演説を聞けば通過したと見なす」というのはかなり無理がある議論であった。要するに無理に作ったロジックを無理に形骸化させたのである。12月の主な意見で「利上げ判断において米国の新政権の発足を確認するのが常識的である」とまで喝破した委員には、発足確認とは文字通り「初日の就任演説を聞いて満足すること」だったのかと聞きたいものである。本ブログなどは関税の壁が築かれるとすれば米国国内の経済環境への懸念と非米国の経済環境への懸念は必ずしも軌を同一にするものではない、むしろゼロサムで正反対なのでハト派を貫き通して通貨安を容認するならそれもやむを得ないと思っていたのだが、「就任演説さえ聞けばいい」という話ならそこまでも考えていない。

 ではこの一連のトランプ警戒にどのような意義があるかというと、1/20の就任直後から大統領令を乱発すると見られる中で、そこで株式市場が急落したら据置き、急落がなければ1月利上げ実行という、最後の最後での緊急停止のオプションを確保するということではないか。為替レートについては円高で困ることもなければ、12月据置きを通過して円安にも吹っ飛ばなかったので少し喫緊度が下がっており、代わりに日銀は再び日経平均急落の犯人にされることを回避するのを最優先していると考えれば全てがすっきりする。いやいや気になるのは日経平均ではなく、具体的な関税政策や経済成長への悪影響である、という正論も考えられるが、現実的には例えば日経平均が堅調な中で日銀だけが就任演説から決定会合までの3日間で関税政策を分析して「これはいかん」と判断して急停止するイメージも付かないし、逆に内外株式市場が雰囲気で暴落した時に「日本経済には大した悪影響はない」と利上げ決行ともならないだろう。そもそも将来の経済環境の不確実性は12月利上げを妨げるものではなかったはずだ。仮に後から不確実性が発現したとしても、まさか0.5%の政策金利が既に高すぎるということはないので、その後1%に向けた利上げパスを中断して据置きを続ければよいではないか。12月と1月の間で揺れただけなら、その視点は短期的なものに決まっている。

ラストスパート

Bloomberg USDJPY
 1/16朝、時事通信が1月利上げの条件を「20日のトランプ米政権発足後に世界経済や金融市場が混乱しなければ、日銀は利上げする可能性が高い」と整理した。16日の昼間にBloombergが「日銀が来週会合で利上げの公算大」と「利上げを判断」から更に一歩進めた記事を流したことでドル円は更に下落した。この観測自体は前日までの公式発言の行間からも導けるものでBloomberg独自の情報があったとはあまり思われない(そもそも観測記事の重みとしてはBloombergはベテラン記者を抱える時事などには遠く及ばない)が、まだ公式発言について不勉強だった投資家をびっくりさせるのが主な効果であり、ドル円は更にクラッシュした
Bloomberg Jan hike bets
 ここまでの一連の報道で短期金利市場は1月利上げをほぼ完全に織り込んだ。わずか1週間で1月利上げ確率は4割から9割以上まで上昇したのである。金利市場はそれでいいとして、金利市場以外の参加者の心の準備が気になったのか、「政策を決める9人の政策委員の過半が追加利上げを支持する見通し」と週末を前にしてかなり直截的なリークが日経を通して行われたこれはかなりアグレッシブな観測記事であり、当日の議決になってひっくり返ることがないと確信できたとすれば、実際の感触は過半どころか満場一致に近いのではないか。

 会合直前にここまで利上げ織込みを押し込んだ後に残る1/24当日の見どころは――陳腐な表現になるが――タカ的利上げかハト的利上げかになる。これまでの植田日銀の傾向ではハト的据置きとタカ的利上げしかなく、それは記者会見で理由を丁寧に説明することで決定事項に更にブーストをかけるからであるが、金融市場の短期的な反応を気にして決定自体をチキるくらいなら、そろそろ金融市場にあまりインパクトを与えない利上げのやり方を覚えてほしいものである。7月利上げでは記者会見もあたかもインフレに追い詰められた印象を与えてリスクオフを招いたが、そういうことさえやらなければ為替と株式指数を含む金融市場は改めて大した反応を示さないだろう。半年に1回のペースがこれで作られるとすれば、次は7月会合での0.75%への利上げがあるかどうかが焦点となる。

要約

・日銀は予想外に12月利上げを見送り
・理由は賃金のモメンタムとトランプ政権の見極め
・上記2つを額面通りに受け取ると1月利上げも困難に
・その後、日銀は上記2つの賞味期限を1月会合前まで縮める
・理由のデュレーションは長いが12月と1月の迷いなら短期視点
・要するに日銀は利上げ後の日経平均の下落が怖い
・日銀のマンデートは為替から日経平均へ
・就任式後に株式指数が急落しなければ1月利上げ決行へ

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