米国の指標金利LIBORの上昇が止まらない。3月に利上げがあり、6月にも利上げが控えていると思われるため右肩上がりなのは当たり前だが、それ以上のペースでLIBORが上昇している。利上げならせいぜい3ヶ月以内で25bp程度のペースだが、12月利上げ後から3ヶ月LIBORはすでに50bp以上も上昇している。米国内外でLIBORを参照する債務が8兆ドル(デリバティブを入れると200兆)ある中で、米国の金融政策と無関係に金利が引き締まっているわけである。
LIBOR
2015年以降の3ヶ月LIBOR。水色の線が1年4回利上げ(100bp)に当たる傾き。

LIBOR-OISスプレッドとは

 LIBORはロンドン銀行間取引金利とも呼ばれ、ロンドンのインターバンク市場で銀行たちが他の銀行に貸出そうと思うレートを提出し、それを集計したものである。基本的には貸出金利は政策金利と連動するが、例えば2008年9月のリーマンショックの時は各銀行が借り手の他の銀行が倒産するリスク(カウンターパーティリスク)を恐れ、政策金利が低く押えられていたにも関わらず高金利でないと銀行間貸出をしたがらなかった(短期金融市場の逼迫)ため、政策金利が2%だったにもかかわらず、LIBORは5%近くまで急騰した。
LIBOR 2008
 LIBORのうち、政策金利変更への期待の部分はOISで観測できる。OIS(Overnight Indexed Swap)は元本交換がないデリバティブであり、銀行の信用リスク抜きの純粋なオーバーナイト金利(政策金利)への市場の予想を表現する。OISが2%なのにLIBORが5%なら、非常に大雑把に言って各銀行のデフォルトに対するプレミアムが3%であり、これがLIBOR-OISスプレッドである。リーマンショック以降、LIBOR-OISスプレッドは金融市場の資金逼迫度を測定するのに使われるようになった。各銀行が他の銀行が短期間に倒産する可能性が高いと見積もればLIBOR-OISスプレッドは上昇するわけだ。

LIBOR-OISの上昇

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 そのLIBOR-OISスプレッドが2018年に入って急激に上昇している。企業の借入れコストなどはLIBORで決まるので、米金利政策が変化以上に市中金利が急激に引き締まっていると言える。

 ただ、よく見てみるとリーマンショック後の教科書と異なり、LIBOR-OISスプレッドは金融危機の可能性などの影響よりも規制によって変動してきたことがわかる。2016年は米国当局によるMMFへの規制導入の結果、銀行のCD, CPで運用してきたプライムMMFから政府債で運用するMMFへの大規模な資金移動が起こり、銀行のドル調達コストは上昇した。せっかくCD, CPを発行して調達したドルを当然他行にも安く貸そうと思わなくなるためLIBORは上昇する。ところが、このLIBOR-OISスプレッドの上昇は特に金融危機にも株安にも繋がらなかった。邦銀など米国以外の銀行は売れなくなったCD, CPを発行する代わりに、為替スワップで円をドルに換金するようになった。

 今回はというと、悪さをしているのはトランプ税制改革である。税制改革の一環として、BEAT(Base Erosion Anti-Abuse Tax)が導入された。米国子会社に海外親会社から借金させて利息を海外に流出させ、米国での利益を圧縮するというグローバル企業の米国租税回避策に対して、米国子会社から支払う利息に税金をかけるというものである。これが米国でビジネスを行う(邦銀を含む)外国銀行のドル調達にもインパクトを与えた。邦銀の例で見ると、東京本店で円を使って為替スワップでドルを調達し、そのドルを米国支店に貸し出し、米国支店はそれに対して利息を支払ってきた。が、この利息にもBEATがかかるため本店での為替スワップ調達は一気に使いづらくなり、貸出など米国ビジネスを使うドルを米国支店自ら調達せねばならなくなった。そこで、邦銀をはじめとする外国銀行は為替スワップを放棄して再びCD, CP調達に戻ってきたという構図である。

 外国銀行が勝手に為替スワップでドル転する分にはLIBORに及ぼす影響は限定的であるが、外国銀行のCD, CPの発行が増えると外銀、米銀共に資金調達コストが上昇する。米銀からすると、本来外国銀行が勝手に為替スワップで負担していたドル調達コストを米銀もCD, CP金利上昇という形で等しく負担するようになったので、利敵行為もいいところだろう。

税制改革のもう一つの悪影響

 銀行によるデッド調達が増えるとして、買い手はいるのかというと、これまた運悪く税制改革によって企業が海外で貯めた利益の米国還流(レパトリエーション)が促されている。企業財務部は海外に滞在させていたドルで銀行の短期債などを買って運用してきたため、この取り崩しは社債の売り圧力となっているようだ。実際2018年に入ってから、とかく注目を浴びがちなハイイールド債と比べても投資適格債の方がパフォーマンスが目立って悪い米国の投資適格債市場を見ていると米株の弱さも納得できる。銀行にとっても優良企業にとっても資金調達コストは上昇している。「LIBOR-OIS拡大の25%は信用リスク要因」と言われているが、信用リスクと言っても別に銀行が潰れやすくなったわけではなく銀行債の需給が悪化しただけだろう。
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 こうしてみると、あれほど持てはやされてきたトランプ税制改革は、市場にとって悪い影響が多く、大きかったことがわかる。財政拡張が民間企業の資金調達を圧迫するクラウディング・アウトという、我々が教科書で学びながらも金融緩和でついに実感がなかった現象が、皮肉な形で現れてきたと言っても良いだろう。思えばトランプ大統領が当選した時のファーストリアクションは株売りであり、その後オバマ時代からの好景気が惰性で続き結果的に株が上がったとはいえ、それが浅はかだったとは必ずしも言えない。自分も含め、税制改革で米企業の利益が大幅に上昇するから2018年のS&P 500は大幅に上昇するに決まっている、とする声の方がより浅はかだった。

 では、この米株に悪影響を及ぼした短期金利上昇とも短期クレジットクランチとも言える現象は長く続くのかというと、そうとも思わない。チャイナショックの時は、中国が通貨防衛で米国債を取り崩すリスクが一時話題になったが、外貨準備のドルは中国政府が持っていようと(ドル預金に走った)国民が持っていようと何らかの手段で運用されることに変わりはないため、ほとんど波風が立たなかった。今のレパトリエーション騒ぎも同じだ。企業財務部が海外で運用していたドルを取り崩して米国内に戻した後は何に使うのかというと、まさか今さら巨額の設備投資を行うわけにもいかないだろうから、結局米国内で短期債やCD,CPで運用されることになって元の木阿弥になるのではなかろうか。世の中にあるドルが消滅したわけではない。自社株買いに使う、と鼻息荒かった投資家は株安で痛撃を食らった。節約できる配当よりも短期金利の方が高い。バランスシート縮小に使うにしてもやはり金利上昇要因にはならない。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。